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『ジョックロック』に笑え

文: 額賀 澪

6月9日発売 文庫『風に恋う』(額賀澪)番外編を公開!

『風に恋う』(額賀 澪)

「野球とコンクールじゃ、スケジュール丸かぶりしてるから。みんなが渋るのも無理ない」

 くるりと大河の方を振り返って、「それで?」と不破は言った。

「俺に、みんなを説得してほしい、ってこと?」

「そういうつもりじゃなくて……昨日、テレビで不破を見たから、声を掛けたくなって」

「ああ、あれね」

 窓から吹き込む風に声を乗せるようにして、「今日だけで二十人くらいから同じこと言われたよ」と不破は笑った。

 けれど、その笑顔がすっと引いて、酷く凪いだ表情になる。

「ねえ、俺だけ参加するのって、アリ?」

 不破が立ち上がり、一歩、大河に歩み寄る。細かなパーツが複雑に入り組んだサックスは、蛍光灯の安っぽい光を上品に反射した。

 千学の夏服であるワイシャツは澄んだ水色をしている。その色と金色のサックスの組み合わせは、夏空と太陽のようで、眩しかった。

「俺だけ、って、野球応援に? 不破だけ?」

 にかっと歯を覗かせて頷いた不破に、大河は息を呑んだ。

「……どうして?」

「だって、甲子園のアルプスで演奏するの、楽しそうじゃん」

 大河の問いに、不破は何てことないという顔でサックスの音を操るキーに触れた。


  * * *


「じゃあ、君と君と、後ろの君とその隣の君」

 補欠部員達を次々と指さし、不破は近くにいた一人にトランペットを手渡した。渡された奴は当然、戸惑う。不破は気にすることなく指名した部員全員にトランペットを配った。

 昼休みの野球部の部室には、ベンチ入りできなかった二十人の一、二年生が集まっている。試合当日はスタンドで応援に回る部員達だ。

「日曜の三回戦のことは気にしないで、来週の四回戦までに、吹けるようになっておいて」

 トランペットを渡された四人が、視線で大河に助けを求めてくる。部外者とはいえ、三年の不破に直接不満は漏らせないのだろう。

「不破、それはつまり……どういうこと?」

風に恋う額賀 澪

定価:本体790円+税発売日:2020年06月09日


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