犬は「人に寄り添う生き物」
馳星周さんはバーニーズマウンテンドッグという大型犬種と暮らしはじめ、四半世紀になる。犬たちの暮らしを優先するため、東京から軽井沢へ居を移し、現在も二匹との朝夕長時間の散歩を欠かさない。自他ともに認める愛犬家だ。
「ある翻訳ミステリーを読んでいたところ、どうしても作中の犬の行動原理が作者の都合のいい解釈にしか思えなくて……だったら自分の納得がいくものを書いてみよう、と」
本書に登場するのは、シェパードに和犬の血が混じったと思しき一匹の犬だ。かつては釜石で飼われ、「多聞(たもん)」という名で呼ばれていた。しかし、東日本大震災で飼い主を失い、多聞はある決意を秘めたかのように西へ西へと向かおうとする。
「まだあの地震、津波、そして原発の事故から、十年も経っていないにもかかわらず、被災地以外は災害のことを忘れてしまっている。でも、あの東日本大震災というのは日本人の愚かさがもっとも典型的に現れた災害だと思うし、そのために多くの命が奪われてしまった。今は新型コロナのこともあるし、一層このことを考える機会が失われてしまっているけれども、作家として、自分は東日本大震災のことを折に触れて、書いていくんだろうと思います」
震災から半年後の仙台で多聞をまず拾ったのは、家族のために犯罪に手を染めることになった、中垣和正だ(「男と犬」)。やがて窃盗団の一員である外国人と新潟へ(「泥棒と犬」)、さらに富山、滋賀、島根へと犬と人との物語は進む。
「犬が日本列島を縦断する話を考えた時に、まず迷ったのが太平洋回りにするか日本海回りにするか。ただ太平洋側は大都市が多すぎるので、日本海回りにすることに決め、地図を眺めながら次はどこを舞台にしようかと考えていました。自分も長く一緒に暮らしているからこそ分かるのは、犬というのはまさに〈人に寄り添う生き物〉。どこへ行っても、特別な事情を抱えた人物のもとでも、それは変わることはない」
最後に多聞がたどりついたのは、九州・熊本。そこでようやく再会を果たしたのが、言葉を失ったひとりの男の子だった――。
「実は単行本の最後に収めた『少年と犬』は最初に書いた話です。でも通しで読んだ時、濃密にして無垢な魂でしか通い合わない絶対的な絆、これを最後にぜひ置きたいと順序を入れ替えました。小説ならではの奇跡を味わってもらえるはずです」
はせせいしゅう 一九六五年北海道生まれ。九六年『不夜城』でデビュー、同作で吉川英治文学新人賞、日本冒険小説協会大賞受賞。九九年『漂流街』で大藪春彦賞受賞。著書多数。
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