プロローグ
(一九八〇年夏)
「勝也、ちゃんと宿題やったの?」
「あとでやるから!」
電信柱の陰に隠れていると、唐突に買い物籠を携えた母が現れ、勝也の肩を叩いた。直後、広場の中心にいた鬼が声を張り上げた。
「勝也みっけ!」
勝也は口を尖らせ、母親を睨んだ。
「ほらぁ、ちょっと母ちゃん、邪魔しないでよ。見つかっちまったよ」
母は鷹揚に笑った。
「今日は勝也の好きな豆腐チャンプルー作るから、早く帰っておいで」
地元民が集う富丘ハイツ西通り商店街に母の弾んだ声が響いた。巨大な団地の中心部の三三号棟一階には商店街がある。青果、精肉、金物からクリーニング、喫茶店……一通りの店舗があり、ここで大概の買い物が済むよう作られている。
母の買い物籠には野菜や豆腐、ツナ缶が入っていた。新大久保駅近くにある雑貨屋のパートを終えたあと、手早く食材を仕入れたのだろう。
埼玉の山間部に泊まり込みで仕事に出かけていた父が、五日ぶりに戻ってくる。口数が少なく、すぐ手が出る父だが、勝也と母にとってはかけがえのない存在だ。
「わかったよ、なるべく早く帰る」
渋々頷いたあと、勝也は広場中央にいる五年生の鬼に歩み寄った。
強い西陽がまぶしくて、勝也は目を細めた。夏休みは始まったばかりで、ドリルや日記、工作……大量に出された宿題をやる気は一切起こらない。
午前九時に蒸し風呂のような家を出たあとは、小学校前の公園で三角ベースに興じた。その後は同級生の自宅でそうめんを食べ、午後はずっと西通り商店街の広場で遊び続けた。
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