別冊文藝春秋

『マンモスの抜け殻』相場英雄――立ち読み

文: 相場 英雄

電子版32号

「別冊文藝春秋 電子版32号」(文藝春秋 編)

 尚人が短パンのポケットから小銭を取り出し、掌の上に載せた。

「俺、ちょっと行ってくるわ」

 勝也は鬼に言うと、小走りで同級生の尚人の元へと駆けた。

「コロッケ、一個ちょうだい」

 庇の下にたどり着いたとき、尚人が店に入った。

「まいど!」

 角刈りの若い店員が尚人に言い、揚げたてのコロッケを小さな紙袋に入れた。

「尚人、それ食べたら一緒に遊ぼう」

「うん」

 尚人の声は、いつものように消え入りそうだった。視線は香ばしい匂いを放つコロッケに集中したままだ。

「三角ベースにするか、それともだるまさんが転んだにするか?」

 尚人の肩に手を回して店を出た瞬間だった。

「ビンボー人が、いっちょまえに買い食いしてんじゃねえよ」

 小太りの五年生が尚人の手を叩いた。直後、コロッケが熱いアスファルトに落ちた。

「なにすんだよ!」

 勝也は一回り体の大きな五年生に詰め寄った。

「おめえな、四年なのに生意気なんだよ」

 五年生は大袈裟に足を上げると、地面に落ちたコロッケを踏み潰した。

「食ってみろ、バーカ」

「尚人に謝れ、弁償しろ!」

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)文藝春秋・編

発売日:2020年06月19日


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