別冊文藝春秋

『マンモスの抜け殻』相場英雄――立ち読み

文: 相場 英雄

電子版32号

「別冊文藝春秋 電子版32号」(文藝春秋 編)

 広場に面したクリーニング店の窓際にあるラジオから、ダンシング・オールナイトが漏れ聞こえている。嗄れた高音のボーカルで、激しいビートが耳に残る。歌番組で流れるおなじみのメロディーを口ずさんでいると、鬼の声が聞こえた。

「勝也、あれ見ろよ」

 五年生の鬼が顎ですみよし精肉店の方向を指した。

「すみよしがどうしたの?」

 小鼻を動かしながら尋ねた。惣菜コーナーのコロッケやハムカツ、メンチカツを揚げるラードの香ばしい匂いが否応なく鼻先に届く。

「だから、ちゃんと見ろって」

 鬼の声に苛立ちが加わる。勝也は目を凝らした。三〇メートルほど先、〈精肉・惣菜の店 すみよし〉と染め抜かれた庇の下に、知った顔があった。

「尚人だ」

「だろ。大丈夫なのか、あいつ」

 鬼がすみよしへ顔を向けた瞬間、勝也は右腕に刺激を感じた。

「鬼、きーった!」

 三年生の女の子が得意げに笑い、クリーニング店の方向へ走った。これで「だるまさんが転んだ」が振り出しに戻った。

「もうやめだ」

 不貞腐れた鬼がゲームを放棄し、その場に座り込んだ。勝也はなおもすみよしの庇の下にいる尚人に目を向け続けた。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版32号(2020年7月号)文藝春秋・編

発売日:2020年06月19日


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