勝也が声を張り上げたとき、五年生が口元を歪ませ、笑った。
「だから、生意気なんだよ」
五年生は勝也の肩を力一杯押した。
「痛ってえな」
勝也はなんとか踏み止まり、五年生の開襟シャツに手をかけた。
「謝れ、弁償しろ!」
「やだね」
「なんだと!」
もう一度、勝也は五年生につかみかかろうとした。
「勝也、もういいよ」
尚人が小声で言った。目を向けると、尚人は肩を震わせ、両目が真っ赤になっていた。
「よくねえよ!」
勝也が怒鳴ったとき、誰かが尚人の肩を叩いた。
「坊主、これ持っていきな」
角刈りの店員は尚人にコロッケを押しつけると、そそくさと店に戻っていった。あの五年生はいつのまにか姿が見えなくなっている。
「ほら、オヤジさんが見てねえうちに」
店員が後ろを振り返った。職人気質で怒りっぽい店主を気にしている。
「勝也……」
尚人がか細い声で名を呼んだ。
「どうした?」
「あの子……」
勝也は尚人の視線をたどった。店の庇から少し離れた場所で、おさげ髪の少女が店を見つめていた。
「環だ」
環は二年生だ。勝也や尚人と同じ、富丘団地の三三号棟に住む。
「きっと、環の方が腹減ってる」
尚人は消え入りそうな声で言って、手元にあるコロッケを見た。環は襟がだらんと伸びきったTシャツ、所々破れたジーパンを穿いていた。
「ほら、あげるよ」
尚人は環の前に進み出て、コロッケが入った紙袋を差し出した。
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