恋人との別れは、誰しもこたえるものだろう。
それが四十歳の、結婚願望の強い女だったら、余計にだ。
彼とは付き合いも長く、一緒にいるのが当たり前になりすぎた。
だが、『当たり前』なんて、あり得ない。
もしかしたら、猫も足を滑らせてしまうことだってあるのだ。
そんなことを考えてしまい、再び不安になって下に目を向けたが、猫の姿はどこにもない。やはり、猫は問題なかったようだ。
足を滑らせたのは、私だけ。
「どこで間違っちゃったんだろうな……」
下の方で、わいわいと子どもたちの声がして、私は眼下に顔を向けた。春休みなのだろう、小学校低学年くらいの子どもたちが歩いている。
懐かしさを感じて、頬が緩んだ。
あの頃、世話をした生徒たちは、元気なのだろうか?
やはり、教師を辞めるべきではなかったんだろうか?
いや、今この状態で教師をしていたら、遠慮のない子どもたちに『先生、結婚しないの?』などと無遠慮な質問をぶつけられ続けるだろう。
今の状態でそんなことを聞かれてしまっては、教壇で泣いてしまうかもしれない。
これで良かったんだ。
自分に言い聞かせるように、うん、と頷く。
ぴっちりと網戸を閉めて、私は部屋に戻る。
いつの間にか、ピアノの音は止んでいた。
第一章 水瓶座のトライフル
1
「ご馳走様でした」
空になったラーメン丼を前に、私――芹川瑞希は、両手を合わせた。
インスタントラーメンに、たっぷりの野菜と刻んだネギを入れる。決して豪華とは言えないランチだが、食べ終えた後はなかなかに充実感があるものだ。
「さて、仕事しなきゃ」
ラーメン丼をキッチンに運んで、サッと洗い、水切りカゴに入れる。
そのまま布巾を手に、丁寧にダイニングテーブルの上を拭いていく。
このテーブルは大人一人がようやく食事ができる程度の小さなものだ。狭いワンルームなので、私はここで食事をし、仕事もする。
拭き終えた後、一人分用のドリップコーヒーをマグカップに淹れて、ノートパソコンと資料をテーブルの上に置き、私は椅子に腰を掛けた。
コーヒーを一口飲んで、資料をパラパラとめくる。
「ええと、このキャラの設定は……」
この資料には、華やかで見目麗しい男子のイラストがずらりと並んでいる。
これは、キャラクターの設定書だ。
美しい男子たちは、『裕福な学園に通う御曹司』という設定だった。
髪の色は、赤青黄色と色とりどりで、決して御曹司には見えない。しかしこれはゲームの中の話。誰もそんな細かいことは気にしていない。
そう、私の職業は、シナリオ・ライターだ。
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