もうずいぶん前からだが、家電を新調して取扱説明書を読む度、『当該製品はアプリによって外出先からでも操作できます』の文言を目にして不安に駆られていた。僕は生来が疑り深い性格なので、信号による遠隔操作というテクノロジーが不気味でならなかったのだ(従って今に至るまで僕がスマホを持っていないのは貴方との秘密だ)。その意味で本作は、個人的にも皮膚感覚で納得できる恐怖に彩られている。
今日び電子制御のない家電製品を探す方が難しい。完璧に安全性を担保しようとすれば利便性を放棄しなければならない。だが人間は一度味わった便利さ快適さを失うことがなかなかできない。たとえば、あなたは自分のスマートフォンを紛失した状態で一週間耐えられるだろうか。まず無理に違いない。未詳40号は、そうした現代人の無自覚な脆弱(ぜいじゃく)さにつけ込んで消費社会全体にテロを仕掛ける。モノと利便性に囲まれた現代における、これは最も身近で現実味のある恐怖だ。ディーヴァーがミステリのみならずホラーの領域でも卓越している証左だろう。
ところが未詳40号に立ちはだかるはずのライムたちが今回は物語冒頭から機能不全に陥っている。何とライムはある事件をきっかけに犯罪捜査から引退し、民事訴訟絡みの調査専門になってしまったのだ。未詳40号を追跡するアメリア・サックスとは当然別行動になる。アメリアたちはライムの知識と装備が使えず、またライムはアメリアたちの機動力に頼れない。いや、そればかりではない。我々読者がベストカップルと信じて疑わなかったライムとアメリアの間にも不協和音が生じ、ライムには同様の身体的境遇であるジュリエットという弟子が、そしてアメリアには元恋人のニックが急接近してくるのだ。ライムとアメリアはどうなってしまうのか、二人が新しいパートナーとコンビを組んでチームは空中分解してしまうのか。
アメリアの追う未詳40号事件とライムが引き受けた民事訴訟事件がそのまま別個に進行するはずもなく、二つの事件はやがてある一点で重なり合う。僕などはそれが全チャプターの実に三分の一を経過した地点であることに驚いてしまう。チームを分断させた上でここまでストーリーを牽引できるのは、登場人物の魅力は言うに及ばずプロットが相当に練られているからだ。稀代のストーリーテラーたるディーヴァーの面目躍如(めんもくやくじょ)といったところか。もちろんこの時点でもライムとアメリアのコンビが消滅する不安は解消せず、ニックの冤罪晴らしのストーリーと相俟ってページを繰る手を止めさせない。そして分断されていたチームが再び一つとなることで俄然ストーリーは加速し、最終のチャプター62まで更に息をもつかせない。
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