- 2017.11.26
- 書評
謎の長距離狙撃事件。どんでん返しの名手が仕掛けるトリックを見破れるか?
文:青井 邦夫 (銃器映画研究家)
『ゴースト・スナイパー』上・下 (ジェフリー・ディーヴァー 著 池田真紀子 訳)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書『ゴースト・スナイパー』でリンカーン・ライムが調べるのは狙撃事件だ。狙撃事件なら証拠として弾丸が残るし、うまくいけば薬莢や狙撃地点での発射残渣が採取出来るはずだから通常なら鑑識官が入手できる手がかりは少なくないはず。
ところが今回はまず事件の現場がバハマという外国で、すぐに現場に行くのは難しい。おまけに現地の警察はあまり協力的ではなく、使用された弾丸や発射残渣といった具体的な証拠物件なしに捜査を開始しなければならない。推定狙撃距離は約二千メートルというかなり難易度の高いものだから、それを可能にするシューターは限られるはずなのだが、狙撃指令を出したのはアメリカの情報機関らしいという異例の状況はさらに困難な捜査を予感させる。
ライムはまさにアームチェア・ディテクティブとなることを強いられるわけだが、彼はホイールチェア・ディテクティブとして今までにない行動力をもってこの事件に立ち向かう。
例によってディーヴァー作品は細かい部分にさり気なく手がかりが散りばめられているし、専門的分野から見たかすかな違和感が真相を示唆していることもある。したがってこれ以上具体的に本作のディテールについて語るとネタバレになりかねない。そこで本稿ではちょっと大回りをして本作を楽しむ上で参考になるかもしれない、映画を含めたフィクションにおける遠距離狙撃についてご紹介しようと思う。
狙撃用ライフルによる狙撃というものは要人暗殺の定番のように思われる方も少なくないと思う。しかし実際は遠距離からの狙撃による要人暗殺はあまり行われていない。暗殺の手段としての遠距離狙撃は現実ではあまり採用されず、もっぱらフィクションの世界の殺人法だったのだ。
そもそも狙撃というのは軍事的な戦術として発達してきた。戦場では精密な狙撃で敵の指揮官や砲手、機関銃手などを倒して反撃能力を削ぐことが可能となる。またどこにいるかわからない敵からの狙撃は恐怖心を増大させる。反撃したくてもどこにいるかわからない以上、安全なところに身を隠すしか身を守る術はなく、単独のスナイパーで大きな部隊の機能を減じることが可能になるのだ。
太平洋戦争中、日本軍は狙撃に力を入れていたので、狙われる側のアメリカ軍の指揮官は本来ヘルメットに入れていた階級の印を入れないようになった。上級であることがわかると集中して狙撃されるからだ。日本軍の場合弾薬が豊富ではなかったから、弾を無駄にしないようにしっかり狙って撃つしかなかったという事情もあったのだが。
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