インタビューほか

現実の日本と地続きのリアリズム小説――『日没』(桐野 夏生)

「オール讀物」編集部

Book Talk/最新作を語る

現実の日本と地続きのリアリズム小説――『日没』(桐野 夏生)

目を背けてはいけない「現実」

『日没』(桐野 夏生)

 小説家・マッツ夢井のもとに届いた一通の手紙。それは総務省「文化文芸倫理向上委員会」からの召喚状だった。断崖に建つ海辺の療養所へと連れていかれるマッツ。所長の多田はこう告げた。「作家の表現にコンプライアンスを求める」「社会に適応した作品を書いて頂きたい」と。そのままマッツは軟禁状態に置かれ、やがて拷問、洗脳へと過激化していく——。まさに戦慄の最新長編というほかない。

『日没』はなぜ書かれたのか。桐野さんによれば、震災後に書かれた小説『バラカ』への世間の反応が、背中を押すきっかけになったという。

「『バラカ』は同時進行的に現実を描く長編で、原発が爆発し、放射性物質に汚染された東日本を舞台にしたものでした。すると、連載中から『こんなこと書いていいの?』という批判的な反応があったんです。さらに本を出すときに、読んでもらって推薦コメントをお願いすると、『政治的なことに口を挟みたくない』と言われたことも。

 私としては、いま世の中で起きていること、自分がおかしいと感じたことを描くのが小説だと思っていたので、戸惑いました。あれ、私がヘンなのかな? いや、世の中のほうがおかしくなってきてるのでは、と危惧したんですね。それならいっそ、もっと過激に、読者から『反社会的だ』と告発された作家が収容所に入れられてしまう話を書いてみようと思ったわけです。

 最初は、北朝鮮みたいな国をイメージしてSF的に発想していったのですが、連載中に秘密保護法、共謀罪、新安保法制と、どんどん法律が整備されていく。しだいに『日没』は現実の日本と地続きの、ある種のリアリズム小説だと考えるようになりました」

 作中の冒頭、マッツが必死で文学の意義を訴えても、所長の多田らがニヤニヤ笑うばかりで、全く会話がみあわないシーンが強烈な印象を残す。

「いま、日本の社会全体が冷笑的になっていると思うんです。誰かが真面目なことを言っても、ちょっと高みに立って『なに本気になってるの?』ってスルーする。日本に蔓延しているディスコミュニケーションの空気も含めて、きちんと描けたらいいなと。

 新型コロナの流行は予想外でしたけれど、現実が小説に追いついたというか、むしろより過激になっていますよね。里帰りする人を監視したり、自粛警察みたいなことをやってみたり。

 小説に書いたようなことがいま実際に起きても驚きません。もし、私がどこかに連れていかれて、『あの人、最近、見ないね』——なんて、笑い事じゃないですよ(笑)」


(「オール讀物」11月号より)


きりのなつお 一九五一年生まれ。『柔らかな頬』で直木賞、『残虐記』で柴田錬三郎賞等受賞多数。近著に『デンジャラス』『路上のX』『ロンリネス』『とめどなく囁く』等。


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