- 2016.11.17
- 書評
家族崩壊の問題に真正面から向き合いながらも物語が軽快さと明るさを持ち続ける理由
文:速水 健朗 (ライター)
『だから荒野』 (桐野夏生 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
桐野夏生の小説には、さまざまに欠落した多種多彩なダメ男が登場する。
『メタボラ』に出てくるボランティア宿泊施設を運営しているあいつとか、『ハピネス』のマスコミ勤務の「江東区の土屋アンナ」と不倫するメルセデスのゲレンデに乗るあの男とか、『バラカ』の中年になってビジュアル系の格好をした奴とか。さながらダメ男図鑑のようである。
本小説の主人公・朋美は、46歳の専業主婦。夫の浩光と2人の息子の4人家族だ。
まず息子たちがダメである。彼女の尻に敷かれっぱなしで彼女が変わると着る服まで変わる主体性と思慮に欠けたチャラい「リア充」の長男。次男はネットゲーム中毒で、学校以外は自室に引きこもっている。そして何をさておいてもダメなのは、夫である。夫の浩光が家庭を顧みない亭主であるところはさておく。ゴルフバッグにしまっているポーチの中にコンドームを束で隠し持っている勘違い男で、ついでに言えば、グルメサイトに気の利いた文章を上げてちょっと評判なのを鼻にかけている。
物語は、朋美の46歳のバースデーから始まる。よそ行きの格好をしてメイクもばっちり決めた彼女を「ツーマッチにミスマッチ」「化粧が濃過ぎる」となじる夫。長男からも「センス悪いよ」とけちょんけちょんの言われよう。さらにこの男たちは、彼女が選んだイタリアンレストランに「カラスミパウダーじゃないか」と文句を付けて「味音痴」呼ばわりする。プレゼントもない。しまいには、クルマの運転を押しつけられる朋美。堪忍袋の緒が切れた朋美は、「あたし、先に出るわ」とこの家から出て行くのだ。
孤食、ゲーム中毒など家族にとっての危機が日常的に語られる時代において、家族崩壊の問題に真正面から向き合った本作で、その象徴として登場するのが「マイカー」である。本作で物語や人間関係が展開していく場面は、クルマの中、ドライブシーンとして描かれる。
家族が会話をするのも、このクルマの中である。「ビーエムとか、どう」「ベンツもいいな」「プリウスとかも悪くないね」。長男は自動車学校に通っており、近いうちにこのクルマを運転するようになりそうな気配。このマイカーをいかに新しくするかという、一見未来を向いたたわいのない会話が家族団欒の最後となる。彼らは、大事な何かを見逃している。
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