お正月の楽しみといえば、「向田邦子新春ドラマ」だった時期がある。向田が亡くなったのち一九八五年から十数年間、向田エッセイを原作とした久世光彦演出のスペシャルドラマは、お正月に欠かせないごちそうであった。小林亜星によるテーマ曲「過ぎ去りし日々」と黒柳徹子のナレーション、そして加藤治子の“ニッポンのおかあさん”がいた。太平洋戦争を挟んで、貧しくとも心豊かな昭和にしっとりと浸り、ありし日の麗しい家族の姿を堪能したものだ。
二〇二一年は向田邦子没後四十年となる。実は、向田の没年は私の父と同じだ。
一九八一年八月二十二日、私は前月から長期休暇をとって、地元松本の父の病室に付き添っていた。夜七時のニュースが、当時としては台湾史上最大の飛行機事故、向田邦子の死を告げた。余命二か月と宣告された父の残り時間はあと一か月余り。口からモノが食べられなくなり、朦朧とする時間が増えていた。が、ニュースを耳にした父は、「早く東京に戻れ。向田さんのご葬儀を手伝いに帰れ」と言うのだ。確かに私も同じテレビ業界にはいる。だけど、(あなたの娘は、向田さんのご葬儀を手伝えるレベルの人間じゃないのよ)と、内にある叫びを飲み込んだ。それから、きっかり一か月で父は逝った。享年五十五であった。
一昨年、二度ほど仕事上のお付き合いがあった向田家の末妹・和子さんからお誘いがあった。「亡くなって四十年になるのに、今もって姉の本が読まれ、映像化のお話がある。いつかその恩返しの会をやりたい。一緒にやってくれない?」と。思いもかけない提案に、一瞬たじろぐが、間髪入れずに「喜んで」と手をあげていた。何といっても私たちテレビマンの“星”=向田邦子なのだから。
「何をやる?」「どこでやる?」お互いの理解のためにランチを重ねた年末のある日、たまたま招待券をいただいていた劇団「大人計画」のイベントにお誘いした。場所は246通り沿いのアートギャラリー、青山スパイラル。
入って数分、「ここでやりたい」。和子さんのつぶやきは全くゆるぎのないものだった。今考えると迂闊にもほどがあるのだが、向田邦子が最後の十年を暮らした南青山第一マンションズとスパイラルは表裏に隣接していたのだった。
向田が完成したばかりの南青山第一マンションズを手に入れたのは一九七〇年十二月。その前年、エッセイ集「父の詫び状」で馴染み深い父上が亡くなられた。「こらえ性がなく癇癪もち」という気性をそのまま受け継ぎ、「大キライ」と自身も語りながら、実は愛して止まなかった父親の死を経て、邦子は表参道の真上にでんとそびえ立つ高級マンションを買った。80平米以上の部屋に初めて招かれた和子さんが、「お姉ちゃん大丈夫? こんな立派なマンション買っちゃって」と思わず問うと、「これからこのマンションに似合う仕事をしていくのよ」と、まなじりを決して答えたという。最愛の父の死を乗り越え、内心期するところがあったのだろう。有言実行、というべきか、青山に移ってから向田邦子は、「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」など次々とヒット作を送り出し、最後には、短篇数作で直木賞まで手にするのだ。
常に初心に戻り新たなことに挑戦する信条、「ゼロになると力がわく」という向田の名言もここ青山で生まれた。そのパワーあふれる街で、「没後40年イベント」を――は必然となり、期日はお正月明けの二〇二一年一月と定まった。
途中コロナ禍でスパイラルが休館となり、「万事休す」と沈んだ日もあったが、「この時期にしかできないやり方を――」という和子さんの言葉に押され、オンライン配信を前提に準備をリスタートさせた。
これまでの文学館などでの開催とは一線を画した、【未来に向けた催し】と決めた。向田邦子を回顧するのではなく、向田作品と「今」がコラボする。「今」とは、アート、演劇、音楽、料理 etc.つまり若い力である。
四十年前の「父の予言」に今こそ応えたい、と思っている。
(向田邦子没後40年特別イベント総合プロデューサー)
月刊文藝春秋 2021年1月号より転載
向田邦子没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」
イベント詳細はこちら
https://www.spiral.co.jp/topics/art-and-event/mukodakuniko
https://www.tvu.co.jp/product/2021_mukodakuniko_kakeru/
【1月8日追記】
ドキュメンタリー「向田邦子の贈り物」演劇「寺内貫太郎33回忌」コンサート「風のコンサート」の3公演は、配信のみとし、2月27日(土)正午よりテレビマンユニオンチャンネル https://members.tvuch.com/mukoda/ にて有料配信開始とします。
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