活動五十周年を迎えた音楽家・細野晴臣の決定版評伝『細野晴臣と彼らの時代』を出版された門間雄介さん。本人をはじめとし、松本隆、鈴木茂、坂本龍一、高橋幸宏、林立夫、松任谷正隆、矢野顕子など共に時代を歩んだ人々への取材や調査、執筆に取り組まれた八年を振り返っていただきました。
――企画が立ち上がってから本が出るまでの八年、細野さんとの時間は門間さんにとってどのようなものでしたか。
昔からファンで、細野さんがこれまで音楽史の中で打ち立ててきた偉業は当然知っていたので、はじめてインタビューした時はガチガチに緊張していました。この本にも星野源さんの言葉として書きましたが、まさに「音楽の神様」みたいな存在で、その人を目の前にキャリアを振り返るインタビューを始めるという緊張感は大きかったです。
でも1回目のインタビューをしている間に、すでにその緊張が和らいでいきました。細野さんの話は面白く、軽妙で、人柄の温かさを感じたからだと思います。2回目以降はあまり緊張感を抱くことなく、壁も感じずに話ができるようになりました。細野さんは年の差を感じさせない人なんです。だから親しみを覚え、もっと話を聞きたくなる。細野さんからも実際、なんでも聞いてよと言われたこともあって、神様みたいな人だという印象はすぐになくなり、音楽にとても詳しい先輩から面白い話を聞いているという時間だったように思います。
――細野さんの周りにいる多くの方にも取材されていますね。
細野さんと長くお付き合いされている方々にお話をうかがいましたが、細野さんに対する印象が真っ二つに分かれたのが面白かったです。こんなに長く付き合っているのに、いまだに細野さんは謎そのものという人と、あんなにわかりやすい人はいないという人、両極端でした。そして、どっちの意見も分かるんですよね。細野さんは聞けばなんでも素直に答えてくれるので、そういう意味ではわかりやすいとも言えます。ただ、その答えの裏側にあるものを考えると、謎が出てくる。結局、両極端の答えがどちらも当てはまっていて、すごくわかりやすい人であると同時に、謎な人でもある。この本を書き終えても、細野さんの謎は払拭できていない気がします。
――そのお人柄は音楽にも繋がっていると思われますか。
音楽的にも、細野さんの両極端な傾向は当てはまるなと思います。わかりやすさという部分では、この音楽が好きだ、この音楽を追求してみたいと思ったときに、一目散にそっちに向かっていくところ。一方で、それまでロックをやっていた人が、突然マリンバや三味線を入れたエキゾチックサウンドに向かっていく、謎。人間性と音楽性が合致している人ほど面白い音楽を生み出せていると思うのですが、細野さんはまさにそうだと思います。合致しているというか、切り離して考えるものではないんでしょう。音楽性と人間性が一体となっている。本には細野さんの人間的な葛藤が多く書かれていますが、その葛藤もその都度音楽にしてきた人だと思います。
――多くの人に取材されている中で、この話を聞けてよかったと思ったものはありましたか。
一番はやはり、坂本龍一さんからYMO時代の確執の理由を聞けたことです。インタビューが終わり、ICレコーダーを止めた後に、坂本さんがいまこういう話ができてよかったと言ってくださったんです。一人のインタビュアーとしてとても嬉しかったですね。もしかしたら心のなかに過去のしこりとして残っていたものがあったのかもしれませんが、それを吐き出すことで、未来へ進んでいきたいと考えていらっしゃるように思いました。
――本には過去のインタビューなどからの引用も多く、膨大な資料を読み込まれた形跡があります。
「はっぴいえんど」「YMO」だけでもそれぞれ膨大な資料があって、それを研究する書籍も出ていて、さらにソロ活動や、細野さんご本人の著作、それを客観的に検証する本があり、どう整理していくかが大きな苦労でした。資料が豊富にあったことは書く上で非常に助かりましたが、それだけのものを前にしてうまく整理できるのだろうかという不安と、見落としてしまったらどうしようという恐怖が両方あって、それをクリアしなければいけませんでした。
書き始めるまでは迷路のなかをさまよっている感じで、五里霧中でしたが、資料を整理していくうちに、それまで世に出ていないことがあるなと分かってきた。たとえば細かいことですが、大滝さんの「はっぴいえんど」への加入は、ボーカリストとして加入予定だった小坂忠さんが辞めてから一週間に満たない間に起こった出来事なんですよね。でもこれまでの資料でそこに言及しているものがなくて、それくらいスピーディーななかで起きたバンドのメンバーの変容だったというのは、資料を比較して読み込むことで発見できたことでした。そういう発見があり、書く自信に繋がっていきました。
――大滝詠一さんは2013年に残念ながら亡くなられてしまいました。
細野さんに評伝を書かせてくださいとお願いしに行った時は、まだ大滝さんはご存命で、今後インタビューは当然するものだなと思っていました。でも、できなくなってしまった。とても残念ではありますが、亡くなってしまったことで、二人の関係が今回の本のひとつの大きな柱になったところはあります。
細野さんはデビュー前から大滝さんと友達同士として音楽の話をし、音楽を一緒にしてきた。細野さんが共に音楽活動をしてきた人たちはほとんど年下ですし、そういった意味では同じ目線で音楽の話をできる人って意外といないんですよね。細野さんも、大滝さんが亡くなられた後、作った音楽を大滝さんがどう思うかと考えることがあるとおっしゃっていました。音楽家として互いに触発しあう盟友同士でありながら、プロになる前の友達同士の関係が最後まで続いた二人だったという気がします。
――本を書いている最中、門間さんご自身の変化はありましたか。
書いていく中で、細野さんの半生を辿ることが一人の音楽家の音楽史だけではなくて、日本のロック、ポップス史そのものを辿るものだということに気付いていきました。歴史を記録しなければいけないという使命感、そして誤った歴史を残してはいけないという責任感が強くなりました。最終的には、NHKの朝ドラ「エール」のモデルになった作曲家・古関裕而さんのように、細野さんも数十年後の朝ドラの主人公になっているかもしれない、と思いながら書いていたような気がします。
――これから読む方へ、一言お願いします。
日本のポップス史を記録しなければいけないと思う一方で、一番強く書きたいと思ったのは、いま現役で音楽を作り続けている、演奏し続けている細野さんが最高にかっこいいということです。細野さんの歴史は決して楽しさに満ちたものではなかったかもしれませんが、音楽を楽しみ続けることで、細野さんはそのような場所にようやく辿り着いた。そういったキャリアが私たちに示唆するものは非常に多いと思います。
門間雄介(もんま・ゆうすけ)
1974年生まれ、埼玉県出身。早稲田大学政治経済学部卒業。ぴあ、ロッキング・オンで雑誌などの編集を手がけ、『CUT』副編集長を経て2007年に独立。その後、フリーランスとして雑誌・書籍の執筆や編集に携わる。主なものは伊坂幸太郎×山下敦弘『実験4号』、二階堂ふみ『アダルト』、星野源『ふたりきりで話そう』、『細野観光 1969-2019』など。本書が初の単著となる。
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