タレントDJ。世間でどれくらい通用する言葉かは分からないけど、芸人やアイドル、モデルといった芸能活動を営む傍ら、副業的にDJ活動を始めた芸能人のことを勝手にそう呼んでいる。数年前まで、俺はそのタレントDJのことが好きになれなかった。
彼らが出演するようなパーティーは、VIP ROOMがあったり高いお酒が振舞われたりするような、華やかでラグジュアリーなクラブで行われることが多い。そんな場所にゲストDJとしてブッキングされていることがほとんどだ。
しかし、実際にそのタレントDJ達が、それほどの舞台にゲストDJとして出演出来る程の腕前なのかというと、そんなことはほぼない。DJ以外で得た知名度や肩書きを抜きにしてしまったら、同じ舞台に同じ条件で立つのは不可能だと思う。ゲストDJとしてメインタイムにプレイしてるのにもかかわらず、その日に出演する横並びのDJと比べて誰よりも技術が劣ってたり、最近やっと機材の使い方を覚えたのかなってくらい手元がおぼつかないような人もいる。中には、完成された1時間弱のプレイを1本の音源にしてしまい、音響やサブのDJ機材からその音を流しっぱなしにして、機材の前でひたすらに当てぶりをし続けるという、信じられないタレントDJすらもいる。
それでもやはり、毎日この日本のどこかで、パーティーのメインとしてタレントDJがブッキングされ続けているのは、DJとしての腕前の良し悪しがお客さんには伝わり切らないのがひとつの原因なのだと思う。DJといっても様々な種類があって、ここでのDJとはクラブDJを指すことにするが、DJは他の楽器の演奏者と違って、一から音を奏でているわけではない。悲しい極論を言うと、ひとたびスタートボタンを押してしまえば、素晴らしいアーティストが作った素晴らしい音楽がフロア全体に流れ、客が反応する。曲と曲の繋ぎ目は、BPMを正確に合わせてミックスしなくても、最悪フェードインフェードアウトで繋いでしまえば、お客さん全員が冷めるような違和感を生むことは無い。選曲も場違いでなければ、事故にはならない。
もし歌やダンスだったら、レベルの差は様々あれど、人前に立って魅せられる程度の上手さってのはあると思うし、ギターやドラムなど他の楽器だって、しっかり演奏を成立させるまで一定の鍛錬は絶対に必要なはずだ。しかしDJだったら、最低限の知識と機材の使い方さえ分かれば、なんとなくは成立してしまうし、何が上手くて何が下手なのかを理解しているお客さんは少ない。
そうなってくると、そこそこ腕前のある無名なDJ達が名を連ねるイベントよりは、自分も知っている有名人がメインで出演するイベントにお客さんが行きたくなってくるのは理解できるし、そっちの方が俄然集客出来るのであれば、オーガナイザーやクラブ側もそういったブッキングになるのは、自然な流れだと思う。
以前、地元のクラブに某有名女性芸能人がゲストDJとして出演するパーティーがあった時は、普段クラブや音楽に全く興味を示さない友人達も、こぞって足を運んでいた。どうやら、腕の良い箱付きのDJ達のみで回すレギュラーイベントよりも、遥かに多くの集客をしていたらしい。ゲストDJであるはずの彼女はDJが全く出来ないようで、当日のプレイは別の機材から1時間弱のミックスを流し、何も音が鳴らないDJ機材を前に延々と当てぶりをし続けていたらしいが、友人達は皆口々に「可愛かった」「エロかった」と言って、満足そうにしていた。
それらの事を考えると、タレントDJ達に活躍の場があるのは理解出来る。理解は出来るが、やっぱり許せない。何度考えても許せない。
DJだけに誠実に向き合って、日々鍛錬を続けて、やっと人前でDJが出来る機会が与えられる。それでも任されるのは全くお客さんのいないオープンの一番手だったり、ノーギャラは良い方で、厳しい場所に行けばチケットノルマだってある。メインの時間帯を任されるようになるのも、ギャラを貰えるようになるのも、ゲストDJとして全国を回れるようになるのも、DJに向き合い続けて極めることの出来た、一部の人達のみが到達出来る次元だと思っていた。それが一体どうしたんだ。おかしい。あいつらは、DJにどれだけ誠実に向き合い続けたんだろうか。どれだけの日々を鍛錬に注ぎ込んだのだろうか。開場したてで共演者やスタッフしかいないガラガラのフロアで、何回プレイしたんだろうか。幾らぐらい赤字を被ってきたんだろうか。あいつらは、こういうことが全てないんだ。例外無く当てはまるとは言わないが、ほとんどの連中がこういった下積みの期間を、既に名の知られたタレントであることによって免除されてるんだ。俺はこいつらを見てどう思えばいいんだよ。DJになりたくて高校を辞めて、ひたすら打ち込み続けて、技術を磨いて、俺にはこれしかないんだって自分に思い込ませながら人生を狭めていって、それでも尚、満足出来るほど日の目を見られない俺は、どう思えばいいんだよ。
そもそも、あいつらはどの面下げて俺みたいにDJだけで積み上げてきた人間達と一緒にイベントに出られるんだろう。恥ずかしくないのだろうか。自分が誰よりも下手で、誰よりも卑怯で、誰よりも軽薄で、誰よりも浅ましいことを、ちゃんと自覚してるんだろうか。いや、多分してない。というか、出来ない。こんな当たり前で簡単なことに気づけないくらい想像力がなくて、鈍感で、無神経でないと、沢山のお客さんの前で堂々と恥ずかしい当てぶりし続けて、多額のギャランティをもらって、笑顔で生きていくことなんて不可能だ。俺だったら、そんなお金で食べた飯は不味いし、そんなお金で借りてる家は住み心地も悪いし、そんなお金で買ったベッドで快眠なんて出来るわけない。もしあいつらに飯でも奢ってもらっている人達がいたとしたら、自分が汚れたお金で腹を満たしているという事実に気付くことが出来ないのが、不憫で仕方がない。
全く楽譜も読めないし楽器も弾けない俺がここまで音楽にのめりこめたのは、DJの音楽的敷居が低かったからであることは間違いないのだけれど、それが仇となり、あいつらがお手軽に収入を得たり、お手軽に華やかな舞台で脚光を浴びるための美味しい副業になってしまっているのが、心底悔しい。
そうやってタレントDJ達へ不満が募ると同時に、それを良しとしているであろう周りの環境にもフラストレーションが溜まってくる。聖域にズカズカと下心のみで踏み込んでくる連中に俺らDJは中指を立ててしかるべきなのに、それもしないどころか、タレントDJに一緒に写真に写ってくれるように頼み、それをSNSにアップしようとしてるプライドのカケラも無いハイエナになり下る連中まで出てくるあり様で落胆する。イベントオーガナイザーやクラブ側も、プロのステージを作っているという誇りがあるようには思えない。お客さんからもらった金額に見合うものを提供しようという誠実さを捨て、デカいつらをした素人達に頭を下げてギャランティを支払い続けているなんて、とても正気の沙汰とは思えない。さっさと愚かなドーピングみたいなやり口から足を洗って、目を覚まして欲しい。こんなことを続けていたら、DJという行為そのものが疑われるし、業界全体の格も信用も落とし続ける一方だ。未来の自分達の為に、この現状は絶対に変えなきゃいけないはずなのに。
…という風に考えていたのが、数年前までの俺。たまにラジオなどメディアに出演する機会があったら、毎回うさばらし的にこういう話をよくしていたが、今はすっかり変わった。タレントDJに対してはもう何も思わない。それは、今こうして「文學界」での連載を始めるように、単純に自分自身の活動が少しずつ軌道に乗ってきたから。状況が変わると気持ちも変わる。
もちろん俺は言葉を扱う仕事を生業としているわけじゃないし、執筆の経験もほとんどない。しかも、よりによって由緒ある「文學界」なんていう文芸雑誌での連載だなんて、身分不相応だと思った。けど、しっかりDJを頑張って成果が出たその先に、こんな思ってもみない光栄な仕事まで出来るような未来が待っていたなんて、素直に嬉しかった。他人への妬み嫉みで押し潰されそうになっていた数年前の自分へ教えてあげたいと思った。
そしてこの連載の話が本決まりになって、いよいよ1回目はどういった内容のものを書けば良いのだろうかと頭を巡らしているとき、俺はふと恐ろしい事実に気付く。「あれ? 今からタレントDJと一緒のことしようとしてる?」
数年前に他人に対して放っていた矢が、自分に向けて猛スピードで飛んで来ていた。しかも当時の俺が鋭利に刃物を研ぎ上げて、めちゃくちゃ強力なボウガンを使ってぶっ放した矢なもんだから、それはもう激しく突き刺さった。
自分に問いかけた。俺は文學界に連載を持てるようになるまで、文章を書くという行為に対して、どれぐらい向き合い続けてきただろうか。どれぐらい愛情を注ぎ込んで来たのだろうか。どれぐらい挫折を味わってきただろうか。過去の俺のように、ひたすら打ち込み続けて、これしかないんだって自分に思い込ませながら人生を狭めていって、それでも尚、満足出来るほど日の目を見られない人達は、どう思うだろうか。まさしく俺は今、他の仕事で得たアドバンテージで、本来持ち合わせているべきもの、通っていくべき道のり、それら全てを免除してもらおうとしてる。そもそも、文章を書く人にとって何が下積みになるかすら知らないし、文章を書くみたいな言い方で合ってるのかどうかすらも自信無い。執筆の方が良いのかな。もう、何から何まで分かってない。あの日あのイベントで、DJ機材の前に立ち、ひたすら当てぶりをし続けて帰っていった彼女と俺、一体何が違うんだろうか。
それに今こうして冷静になってみると、タレントDJと揶揄していた彼らは、なにも生まれもったもので得をしてるわけではなく、本業に邁進した結果それに見合った実績を挙げたからの待遇であって、皆んなそこへのリスペクトがあるから写真も一緒に写りたくなるし、イベントにブッキングしたくなるし、DJとしての姿も見に行きたくなる。今考えれば至極当たり前の話で、タレントDJが本業で成し遂げた分の実績をDJで全く積み上げられてない俺が、何を言っても全く説得力が無かったし、言う資格も無かった。そんな不平不満を言う前に、もっと練習に励んで己の腕を磨くべきで、状況を打破する方法もそれ以外は他にないっていうのに。
今さら気づいた。けど、もう遅い。こんな状況で理解があるようなことを言っても取り返しはつかないし、最近めっきりクラブにも行ってないから、今の詳しい事情すらも全然知らないくせに。本当に調子がいいと思う。それに、こんなことを1回目に書いて保険を掛けている感じも自分で分かって、ツラくなってくる。連載を決めた時点で何を言っても無駄なのに、この期に及んでまだ助かろうとしてる感じも情けない。そんな有様だから、今の俺が数年前の感情を掘り起こすのはかなりの苦行で、冒頭部分は筆が全く進まなかった。かといって、こんなことには全く触れず、最低な自分を引き受けて、いっそ腹をくくってしまうことも出来なかった。俺はこれからずっとこの気持ちを抱えながら連載をし続ける事になるんだろう。
いや、便利に出来てる俺だしな。案外すぐに慣れていっちゃうのかもな。






