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コロナショックは日本企業の分水嶺

コロナショックは日本企業の分水嶺

伊丹 敬之

『日本企業の復活力』(伊丹 敬之)

出典 : #文春新書
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

『日本企業の復活力』(伊丹 敬之)

 コロナショックへの対策は、企業としても世界全体としてもシンプルではない。コロナショックは、人の流れが停滞することによって生まれる珍しい危機で、基本的な対応は「人の流れを活発な状態に戻す」ことなのだが、それが感染拡大のリスクをはらんでいるために容易にとりかかれない。さらに、世界全体をみても、コロナショックでは、特定の国に資金が集まるからそれを還流すればいいといった危機ではない。どこにも勝ち組の国など存在しないのである。そして、各国政府が国内産業と家計の救済のために大型の財政出動と金融緩和をしたが、これもまた将来的な国家財政の脆弱さというマイナスをかかえてしまう。

 さらに、2020年の世界の成長ポテンシャルは、1973年とは大きく異なる。とくに先進国でははるかに小さなポテンシャルしかない。そこで起きた大規模なショックは、深刻な傷となりやすく、回復がむつかしいのである。日本はといえば、1973年は高度成長期の終盤にあった。オイルショックを契機に日本経済は安定成長へと移行するのだが、まだ成長ポテンシャルが大きい時期であった。

 2008年に起きたリーマンショックの本質は、世界的な金融システムの機能不全だ。世界的に信用不安を引き起し、カネの流れを停滞させた結果、世界各国で投資と消費の需要が大きく減ってしまった。それが大幅な景気後退をもたらしたのである。

 この危機の対策もある意味ではシンプルで、金融システムを各国政府が懸命に立て直すことと、失われた需要の再生のための経済政策をとることであった。個々の企業レベルでは企業活動の効率化を図るという対応は必要だとしても、「石油の節約」というようなシンプルな対策はありえなかった。いわば、企業が受け身に回らざるを得ないタイプの経済危機だったのである。

 リーマンショックと比べると、コロナショックの「ヒトの流れが、国内でも国際でも滞る」という本質の厄介さが見えてくるだろう。そして、カネは必要があればすぐにどこにでも動けるが、ヒトの動きはカネよりもはるかに鈍い。そのうえに、その鈍い動きを長い間にわたって抑え込んでしまうのが、パンデミックへの公衆衛生対策なのである。

 こうして、リーマンショックよりもコロナショックのマイナスインパクトは大きいことが想定される。

文春新書
日本企業の復活力
コロナショックを超えて
伊丹敬之

定価:1,045円(税込)発売日:2021年01月20日

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