コロナショックに負けるか、バネに使うか
そんなコロナショックに、世界中の企業が襲われた。そのマイナスインパクトの大きさに、日本企業は全体として負けてしまうのか(他の国々に大きく劣後した対応になるのか)、あるいはコロナショックをバネに使って新しい発展の道を歩めるのか。その分水嶺をコロナショックが作ってしまったといえる。この1年から2年の間の企業行動が、分水嶺をどちらに流れていくかを決めそうだ。
もちろん、日本企業には負けてほしくない。しかし、コロナショックをバネに使えるのは、ポストコロナの時代が訪れたときに備えてきちんと動けるよう、ウィズコロナの時期にしっかり準備のできる企業だけである。たとえば、ウィズコロナの時期に生まれる新しい需要の芽を素早く見つけたり、ポストコロナの新しい需要を待ち伏せする戦略を持つ必要があるだろう。あるいは既存の需要の再生を信じてその端緒をいち早く掴めるよう準備をする、さらにはコロナショックで世界の経済地図のどこかに生まれるであろう空白を自分が埋めようとすることが求められている。
こうしたことを実際にやることができる企業が日本に多いかどうかが、敗北か発展かの分かれ目になる。そしてコロナショックをバネとして使える企業は、やや抽象的な表現で申し訳ないが、次のような三つの視点・能力を少なくとも一つは深く持っている企業であろう。
・コロナショックで変わるもの、変わらないものを全体的・俯瞰的に見ることができる
・コロナショックがもたらす直接的マイナスを直視しながら、同時にコロナショックの間接的プラス効果にきちんと目を向けられる
・自社の本質的な強み、日本のよさなどを深く考えている
第2章以降で、こうした特徴を持った企業の面白い戦略の方向性をより具体的に考えていきたいが、コロナショックの間接的プラス効果については、想像しにくいかも知れないのでここで少し例示しておきたい。
コロナショックによって、人々はそれまで自明としてきた基本的なことについて考え直す機会を得た。それをどのようなプラスの方向に働かせるか。たとえば、デジタルでリモート接触を多くすることをコロナが強制しているからこそ、人の肌の温度がわかるような直接接触の意味もまた大切に思えてくる。リモート接触のよさと直接接触のよさをミックスする戦略はありえないか、さらにはあえて直接接触中心に振るとかえってプラスが生まれないかと考える。