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田中角栄はなぜ葬られたのか? ――人気作家が徹底取材で挑んだノンフィクション大作『ロッキード』序章公開

田中角栄はなぜ葬られたのか? ――人気作家が徹底取材で挑んだノンフィクション大作『ロッキード』序章公開

文:真山 仁


ジャンル : #ノンフィクション

『ロッキード』(真山 仁)

 当時は、大きな事業やプロジェクトは、大物国会議員の「口利き」がなければ、実現しなかった。業者と国会議員を繋ぐ役目として、「闇の紳士」や、フィクサーと呼ばれる人物が暗躍しているが、それはビジネスを円滑に進めるための“商習慣”で、強いて問題に取り上げるようなものではなかった。にもかかわらずいきなり右翼の大物と言われた児玉誉士夫や政商・小佐野賢治ら“必要悪”の仕事が“汚職”であると米国の公式の場で糾弾されたのだ。

 しかも、ロッキード社が使った賄賂額は、三〇億円。前年の七五年末に、公訴時効となった「三億円事件」でさえ、庶民には一生拝めない巨額を犯人は手にしたと羨望まじりで語られたというのに、その十倍もの額が、賄賂として日本の政界に流れたと知って、国民は驚愕し、同時に激怒する。

 それに比べれば、安倍晋三前総理の“犯罪”として取り沙汰されている「モリカケ問題」や、「IR汚職」など、問題とされている金額だけで言えば、事件と呼ぶのはおこがましいレベルだ。

 そのうえ、事件捜査は「異例」の連続だった。賄賂の金額は「ピーナツ」や「ピーシズ」という符丁で表わされ、CIAの関与、さらには、ロッキード社幹部からの証言を引き出すため、日本に法規定のない「嘱託尋問」が行われるなど、検察や裁判官でさえ、前代未聞の事態に向き合わねばならなかった。

 今では当たり前になった疑惑の渦中にある人物を証人喚問し、テレビ中継するのが始まったのも、この事件からだ。

 証人の一人、小佐野賢治が、何を尋ねられても「記憶にございません」と返し、それは当時の流行語にもなった。

 そして、眠れる獅子と揶揄されていた東京地検特捜部はこの事件によって名誉挽回し、ロッキード事件における元首相の逮捕は特捜部の金字塔として、今も燦然と輝いている。

 その一方で、「田中角栄は嵌(は)められた」という主張が、根強く語り継がれている。

 大物議員は、誰も捕まらない──。それが、当時の日本の政治の常識だった。

 ましてや、総理在職中の罪が問われるなど、たとえ全ての証拠が揃っていても、立件など非現実的だと考えられていた。

 総理大臣経験者が逮捕されるのは、与党であり続ける自民党にとって大打撃だ。つまり、角栄の逮捕は、自民党の名誉と政権維持にかかわる。だから、あらゆる手を使ってでも、闇に葬るもの──。

 事件が発覚した七六年の日本中がそのような感覚を持っていた。何しろ、中学二年生の私でも、そう理解していたのだから。

 にもかかわらず、角栄の罪は白日の下に晒され、逮捕・起訴された。

 そして、私は、「不可解な事件」として記憶した。

 また、角栄が他の大物政治家と比べて低学歴の叩き上げだったから、罪に問われても、周囲が助けてくれなかったのではないかとも言われた。吉田茂以降、総理と言えば、ほぼ東京大学卒業と決まっていたからだ。

 また、アメリカが、経済成長著しい日本にお灸を据えたという意見にも、「そうかも知れない」と思った。角栄の対中関係やエネルギー政策が、アメリカのエスタブリッシュメントの機嫌を損ねたという説は、今なお根強い。

 ところが、近年になって、政治家としての角栄が再評価される。

「決断と実行」を推し進めた突破力、さらには、地方再生やエネルギー問題に対する危機感など、今の政治家にはない魅力が現代人を惹きつけた。

 しかし、「ロッキード事件において田中角栄は、本当に有罪だったのだろうか」という疑問に切り込むメディアは少なかった。

 令和の世に角栄のような政治家を待望するのであれば、彼の負の部分であるロッキード事件を再検証するべきではないのだろうか。

「昭和を正しく検証できないのに、現代を語れるのだろうか」という疑問が、私には常にある。

 そして、昭和の総括の一つとして、真っ先に浮かんだのが、「ロッキード事件」だったのだ。

 自民党の長期政権の功罪、金権政治、日米関係、政治と検察庁の関係、さらには熱しやすく冷めやすい国民感情等々。それは、まさに日本の現代史を象徴する事件だった。

 ならば、全ての先入観を捨てて事件を再検証する必要がある。

 尤(もっと)も、事件から四〇年以上が経過した今、できることは限られている。

 角栄のみならず、丸紅で逮捕された幹部、児玉誉士夫や小佐野賢治、さらには、東京地検特捜部で陣頭指揮を執り、角栄を逮捕した吉永祐介以下、多くの関係者が鬼籍に入っている。

 それでも無謀を顧みず、膨大な資料と、生存者の取材によって、ロッキード事件を、ゼロから再構築してみようと考えたのだ。

単行本
ロッキード
真山仁

定価:2,475円(税込)発売日:2021年01月13日

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