2016.09.13 書評

エンタメを通じて「正義とは何か」を問う作家真山仁の傑作

文: 関口 苑生 (文芸評論家)

『売国』 (真山仁 著)

『売国』 (真山仁 著)

 真山仁の小説を初めて読んだのは、彼がデビューして少し経ってからだったと思う。目利きの友人と話していたときに、真山仁って知ってる? この人ちょっと面白いよと教えられ、あわてて書店に走り、手にとったのだった。当然のことながら、予断も先入観も一切なかった。

 しかし、これがハマってしまった。外資系ファンドの日本買いを描いたその小説は、ピカレスク(悪漢小説)でありながら、実に爽やかで痛快な物語だったのだ。主人公の悪漢がさらなる巨悪、難敵に立ち向かい、最終的には正義の人物のような印象を読者に与える読後感も申し分なかった。何と言うのか、不思議に胸がざわついてくる小説なのだった。経済のことも金融のこともまったく知らない身であるにもかかわらず、自分がその世界の強者であるかのような感覚さえ味わわせてくれたのだ。いわゆる小説内疑似体験というやつである。小説を読む愉しみはこれに尽きるという人もいるくらい、読書における基本の感覚と言っていいかもしれない。それをしっかりと感じさせてくれたのだ。

 同じようなことを思った人は多かったのだろう。それから彼はみるみるうちに頭角を現していく。デビュー作『ハゲタカ』はシリーズとなり、テレビドラマの成功もあって大ベストセラーとなる。ほかにもテレビ業界の内実を暴いた『虚像(メディア)の砦』、地熱発電の可能性を描いた『マグマ』、原発のメルトダウンに迫った『ベイジン』、日本の「食と農」の暗部を直撃する『黙示』、初めて政治の世界に真っ向から挑んだ『コラプティオ』、東日本大震災後の被災地を憂える『そして、星の輝く夜がくる』……など次々と力作を発表し、一躍人気作家となっていったのだった。

 これらはいずれも現代の日本社会が抱える問題に正面から真摯に、苛烈に挑んでいった野心作であった。それでいながら最上級のエンターテインメントに仕上がっている。しかも社会的に重要な課題を決して深刻に描くのではなく、読者に興味を持たせるように、愉しませるように物語を紡いでいたのである。この力量は凄いと思った。そしてそこにもうひとつ、いずれの作品にもある共通した作者の思い、テーマが隠されているように感じたのだった。

 象徴的な例としては『コラプティオ』だ。ラスト近くになって、主人公がある政治家に「あなたの行動には正義がない」と詰め寄っていくと、言われた人物はふてぶてしく笑いながら「政治と正義は両立しない」と傲然と言い放つ場面である。この言葉をわたしは、政治とは権力であり、正義などという金にも力にもならないものが入る余地はないのだという意味に捉えた。

 あるいはまた『虚像の砦』でも、巨大メディアが権力と化している現代において、正義とは一体何か、それは一体どこにということが問われていた。『ハゲタカ』シリーズはもっと極端で、力を持つ者だけが世界を支配するのであって、正義など何の役にも立たないとする。もしもかりに正義があるとすれば、それはあくまで個人の正義であり、国家の正義でしかないのだった。ほかの作品――『ベイジン』にしても『そして、星の輝く夜がくる』にしても『当確師』にしても同様で、そこには常に権力を持つ者と正義のありようが問われている。これがつまり真山仁の真情なのだと思う。

 プラトンの『国家』の中に「正義とは強者の利益にほかならぬ」という言葉がある。またこれをひねくったような言い回しで、パスカルの『パンセ』には「力を持たぬ正義は無能力であり、正義を持たぬ力は暴力である」との一節がある。真山仁は、この力と正義という――相容れぬ関係のものなのか、はたまたそうではないのか、何とも判然としない両者についての関係性を、執拗に追い続けているような気がしてならないのだった。

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売国
真山仁・著

定価:本体720円+税 発売日:2016年09月02日

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