本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
弁護士としての経験が描き出した、「数百億円を動かす人たち」のリアル

弁護士としての経験が描き出した、「数百億円を動かす人たち」のリアル

聞き手:「別冊文藝春秋」編集部

『元彼の遺言状』(新川 帆立/ 宝島社)

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『元彼の遺言状』(新川 帆立/ 宝島社)

 交際相手からプロポーズされても、指輪のダイヤが小さすぎると突き返し、働く理由はお金だけ、非合理的なことは一切しないと豪語する敏腕弁護士。第一九回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作、新川帆立さんの『元彼の遺言状』は、規格外のヒロインに翻弄される遺産相続ミステリーだ。

「同性からも憧れられるような、自立した女性が活躍する小説を書こう、ということは最初から決めていました。昔から、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラが大好きで。我儘で強くて、自分の力で欲しいものをつかみ取るところに勇気をもらっていました」

 新川さんは、本作の主人公・剣持麗子と同じく、企業間の取引をするビジネス系の弁護士としてのキャリアを持つ。

「現代日本を舞台に自分が小説を書く意味を考えたときに、今まで出会ってきた、のびやかに働く女性たちのことを思い出したんです。職場の華とか、男性に庇護される対象だなんてとんでもない。バリバリと働いて、ゴリゴリと経済を回していく。強いだけでなく、優しいところも抜けているところもある彼女たちの、生身の姿をエンターテインメントにできたらいいな、と。私自身の憧れが投影されているところもあって、職場の先輩たちって、本当に情熱的なんです。そんな姿を見てきたので、麗子には、私がなりたかった弁護士像を重ねているのかもしれません。こんなふうに活躍できたら楽しかっただろうな、と」

 そんな麗子の〈元カレ〉森川栄治が、「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」という前代未聞の遺言状を残し、亡くなった。彼は大手製薬メーカーの御曹司で、遺産は推定数百億円にのぼるという。

「突き抜けたお坊ちゃんで、しかもスーパーポジティブなタイプじゃないと、麗子のような癖の強い女の子を受け止めて、付き合いきれないのだろうなと思います。実は、本作の構想を練っているときに、以前付き合っていた男性から久しぶりに連絡をもらって。そのとき、元カレって、不思議な存在だなあと。もう会うこともないかもしれないのに、大切な記憶を共有している。作品に活かすならこれだと思いました」

 森川家は、栄治の遺産の譲渡先を決めるため、「犯人選考会」を開催する。麗子は栄治の友人から、代理人として選考会に参加するよう依頼された。当初は報酬一〇億円と聞き断ったものの、一五〇億を手にできる可能性もあると知り、俄然やる気になって、依頼人を犯人に仕立てるべく奔走し始める。

「ビジネスロイヤー(企業法務弁護士)というのは、多数の利害関係者との調整が必要な仕事で、達成感と引き換えに、極度の重責に晒されます。そういう特殊な環境で働いている人たちならではの肌感覚が肝になる作品なので、数字のリアリティにはこだわりました。麗子のキャリアなら、M&A(企業の合併・買収)などで数百億を動かすのは通常業務ですし、ゆくゆく年収は一~三億にはなるでしょう。ですから、一〇億ではリスクを冒せないけれど、一五〇億なら自分が動く価値がある、という彼女の判断は非常にまっとうなんです。まあ、普通に考えるとちょっと変な人ですけれど(笑)」

 父親との関係の歪みによって、他人からの愛情を素直に受け取れずに育った麗子。その飢餓感を埋めようと、愛情の代替品としてお金に執着するのだが、いくら稼いでも心の隙間は埋まらない。

 森川家もまた、金銭問題によって家族の絆が失われかけていた。そのことにシンパシーを感じた麗子は、なぜか森川家の人たちのために“自分の利益にならない”行動を開始する。そこからの、持ち前の行動力と観察力で、あらゆる障害を撥ね除けていく姿は実に痛快だ。

 徐々に他者と心を通わせていく麗子と、その先に待っているあっと驚く仕掛け――。

「麗子が成長することで、謎が解けるような構造にしたかったんです。私は小説でも映画でも、物語に触れるといつも構造を分析してしまう癖があって。精緻なプロットに感動したり、同じ構造で自分も作品を書けないかと考えたり。その意味では、構造を捉えてダイナミズムを生み出すことを求められるミステリーは、自分に向いている気がしますね」

 新川さんは現在、シリーズ二作目を執筆中だという。不器用でキュートな麗子に、はやくまた会いたいが……。

「麗子は〈強い側〉にいる人間なので、今作中ではどうしても描けない、彼女が見ようとしてこなかった“世界”がありました。コロナ禍で社会の分断が大きくなってきてしまっている今だからこそ、また少し成長した麗子の目を通して、次作では“世界”を少しずつ広げていくことにチャレンジしたいです」


しんかわ・ほたて 一九九一年二月生まれ。アメリカ合衆国テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。二〇二〇年、『元彼の遺言状』(応募時タイトル「三つ前の彼」)で第一九回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、デビュー。司法修習中に最高位戦日本プロ麻雀協会のプロテストに合格し、プロ雀士としても活動経験あり。

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版36号 (2021年3月号)
文藝春秋・編

発売日:2021年02月19日

ページの先頭へ戻る