
依存症を理解するキーワード「不安」
もう一つ、依存症を読み解くキーワードに「不安」がある。
再び原始時代に遡ると、太古の人々は現代とは比べものにならないくらい、多くの脅威に裸で晒されていた。それは、自然災害、病、飢餓、捕食動物、他の部族からの攻撃などである。もちろん、現代人もこうした脅威に対して万全というわけではないが、さまざまなセーフティネットが張り巡らされていることはたしかである。
太古の時代、これらの脅威に無防備であった人々は、どのようにして自らを守り、生き延びて子孫を残してきたのだろうか。そのために一番有力な「武器」となったものは何だろうか。屈強な身体だろうか。それとも勇敢な闘争心だろうか。
答えはノーである。もちろん、この二つともサバイバルのためには役立つ「武器」であったことは間違いない。しかし、最も有力な「武器」はほかにある。それが「不安」である。
なぜ「不安」のような、頼りなく弱々しいものが「武器」になるのだろうか。屈強な身体も勇敢な闘争心も重要だが、それだけで猛威を振るう災害や、獰猛な大型動物にかなうわけがない。むしろ、逃げるのが生き残り戦略としては一番だ。
嵐が近づいているようなときに狩りに行く人、猛獣に素手で立ち向かう人、彼らを勇敢とは呼ばない。無謀と呼ぶのが正しい。
生き残るためには、脅威を敏感に感じ取り、不安を抱いて、そこから逃げたり、被害を最小に抑えるための予防策を講じたりすることが一番適切な対処である。彼らを臆病とは呼ばない。賢明と呼ぶのが正しい。進化の過程で、不安に鈍感な人々は淘汰され、敏感に不安を感じ取る人々が生き残ってきた。不安は脅威が迫っていることを知らせるサインとなり、生き残るための賢明な対処を取るようにわれわれを動機づける役目を果たす。
現代人が産み出したさまざまな発明は、ほとんどすべて不安に対処するためのものといっても過言ではない。幾多の科学技術はもちろんのこと、社会の制度や仕組みに至るまで、あらゆるものがわれわれを脅威から守り、不安を鎮めるためにある。
とはいえ、誰もがいつも賢明な対処を取るとは限らない。脅威に晒され、不安が高じたときに、われわれは心理的な余裕がなくなり、ときに非合理的な対処をすることもある。
たとえば、慢性的な不安に苛まれている人は、心身ともに弱ってしまい、手っ取り早くアルコールで気持ちを紛らわせようとするかもしれない。アルコールは一時的に不安な気持ちを紛らわせ、眠りへと導いてくれる。
何かに急き立てられるように働いて、「仕事中毒」のような人は、仕事を失うことや自分の価値が見出せないことに対する不安がその根本にあるのかもしれない。それから逃れるために、がむしゃらに働くことで、不安を一時的に紛らわせようとしているのだろう。
不安症やうつ病は、現代人の代表的な病である。われわれは、不安傾向の強い人々の子孫なのだから、これはある程度は仕方ないことである。しかし、これだけの科学技術をもってしても、自然の脅威はなくならないどころか、むしろ気候変動や環境破壊を引き起こし、それは破滅へと向かっているようにすら感じられる。
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