- 2021.03.15
- コラム・エッセイ
この春、心揺さぶる大人の青春小説
聞き手:文春文庫編集部
『この春、とうに死んでるあなたを探して』榎田ユウリさんインタビュー
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
――矢口と小日向の小学生みたいなやりとりをとても楽しく読みました。彼らのセリフの応酬は読者を笑わせてやろうという気持ちで書いたのでしょうか。
榎田 男性キャラのやりとりについては、さんざん書いてきましたので、もはやなんら力むことなく書けます。普段通りスラスラです(笑)。セリフについても小日向はすごく書きやすかったです。矢口のセリフは若干考えることはありましたけど、小日向のセリフはほとんど迷うことなく書けました。なんだか可愛いですしね、小日向(笑)。
「居場所」を持つことのできる幸福
――雨森町の長閑な雰囲気や、矢口と小日向たちの賑やかなやりとりがある一方、物語には喪失や死といったものの匂いが終始漂っています。タイトルにも「死」と入っていますが、テーマとして意識されましたか。
榎田 特に意識してたわけではありません。とは言え、小説のキャラクターは架空の存在であると同時に、私の中では彼らは生きています。それならば彼らもいつかは死ぬし、人生の中でいくつかの死に出会っているはずですよね。そう思うと、喪失という要素が自然に入ってきてしまうんです。
――『この春』はすべてを捨て去ってしまった矢口が、再び自分の居場所を見つけようとする話でもあると思います。
榎田 居場所って作ろうと思ってできるものではないですよね。無理やりに作っても偽物になるでしょうし。自分の生まれ育った場所がそのまま居場所になる方は多いでしょうけれど、でもそうできない人もきっといるわけで。そういう場合、ある程度の歳になってから、何かしら縁のあった町を「ここにいていいんだ」と思えるのはとても幸福なことだと思います。もしかしたら、私は矢口を幸せにしてあげたかったのかもしれないですね。
――文庫書き下ろしの短篇では、コロナ禍での矢口たちの生活が書かれています。すぐに物語の続きを書くことはできましたか。
榎田 初めは書きにくいかもしれないって思っていたんですけど、意外にスムーズに書けました。むしろ、長くなってしまい削るのが大変なくらいでした。小日向が見ていたドラマは皆さんご存知のあれですね(笑)。
――『この春』のキャラクターの中で友達になりたいキャラはいますか。
榎田 チュンですかね。ほかは面倒くさそうで、手もかかりそうだし(笑)。チュンにお墓の相談をします。
デビュー20周年を迎えて
――今年デビュー20周年を迎えられた榎田さん、3月と4月は「春の榎田まつり」と題して新刊ラッシュとのことですが。
榎田 おかげさまで作家業20周年を迎えることができました。本当は読者さんに直接お会いできるようなイベントができたらと考えていたのですが、この状況では難しく。たまたまこの3月と4月に新刊の刊行が重なることになりましたので、せっかくだから「春の榎田まつり」にしようと自分で言い出したんです。白いお皿はもらえませんが(笑)。
――刊行される本のことを少し教えていただけますか。
榎田 まず、文春文庫で『この春』が出て、その次に3月24日発売予定で角川文庫から『宮廷神官物語』の12巻が出ます。11巻までは過去にビーンズ文庫で発表したものの再刊でしたが、12巻ではその後の物語をまるまる書き下ろしました。
4月に入りますと、4月14日発売予定でやはりKADOKAWAから『武士とジェントルマン』という単行本が出ます。四六判という、ちょっと大きいサイズの本です。現代の日本が舞台なんですが、武士制度が復活しているという設定で、東京で暮らしている武士のところにイギリス人のジェントルマンがやってきて一緒に生活するんです。
――『武士とジェントルマン』ではスペシャルなことがあったとか。
榎田 そうなんです! なんと漫画家の萩尾望都先生にカバーイラストをお願いすることができました。本当に、私が一番嬉しいですね。こんなに大きなご褒美があるとは、20年頑張ってきてよかったです(笑)。
最後が4/26発売予定の新潮文庫nex『死神と弟子とかなり残念な小説家。』です。死神シリーズの新作で電子雑誌で発表した2篇に、書き下ろしを1篇加えた形になります。死神に弟子ができまして、二人で死者を導くのです。