- 2021.03.15
- コラム・エッセイ
この春、心揺さぶる大人の青春小説
聞き手:文春文庫編集部
『この春、とうに死んでるあなたを探して』榎田ユウリさんインタビュー
ジャンル :
#小説
,#エンタメ・ミステリ
〈宮廷神官物語〉や〈妖琦庵夜話〉などヒットシリーズを連発する榎田ユウリさんの新刊『この春、とうに死んでるあなたを探して』(文春文庫)が発売となりました。
なんと榎田さんは今年デビュー20周年ということで、『この春』以外にも続々と新刊が予定されている榎田さんにインタビューを決行!
『この春』に込めた思い、そして20年の作家人生について、榎田さんの声をお届けします
日常から生まれる物語を書きたかった
――『この春、とうに死んでるあなたを探して』は主人公・矢口の恩師の死をめぐるミステリを軸として、ロードムービー、青春小説、家族小説といった様々な顔のある作品だと思います。榎田さんは『この春』をどんな小説だと考えていますか?
榎田 当初は、どちらかというと日常的なエピソードが生む物語を書きたいと思っていました。派手な展開に頼らないようなものを。でも結果として少しミステリ風味になりましたね。
――たしかにキャラクターの日常生活がいきいきと描かれていますね。
榎田 日常の中で見逃されがちな些細なものごとを浮き彫りにしたかったのかもしれないです。キャラクターはそれぞれに過去やバックグラウンドを持っているので、なんてことのない日常のやりとりの中に、個々の生き方みたいなものが表れてきますよね。それぞれ背負っているものは単純ではないので、そこに物語が生まれてくるのではないかと。
――恩師の死の謎以外にも、物語中にはたくさんの伏線が張ってあって思わぬ事実が次々と明らかになります。
榎田 東京の端っこの、小さな町の話なのですが、それでも色々とありますね! あまり大仰なことは書かないつもりでいたのですが、どうしても生き死にの話は出てきちゃうようです。人間がある程度生きていれば人の死には絶対出会うものなので、それをどう乗り越えていくのか、あるいは乗り越えていったふりをして生きていくのか、みたいなことを考えて書きました。
――印象的なタイトルにはどのような思いが込められているのでしょうか。
榎田 短くてスッキリしたタイトルも考えたのですが、なんだかしっくりこなかったんです。結局、ちょっと長いタイトルを選びました。このタイトルは気に入っています。読み終わってから、もう一度カバーを見ると腑に落ちるタイトルだと思うので。
なかなか心を開いてくれなかった主人公
――文庫化にあたって数年ぶりに作品を読み返されてどのように感じましたか。
榎田 昔の作品を出し直す機会をいただくと、そのたびにたくさん手を入れてしまうのですが、『この春』に関しては単行本のときに前半を頑張って書きすぎて、文章のテンポがあまり良くないように感じてしまい……。当時は普段とちょっと違う感じの小説を書きたいと思っていたので余計な力が入っていたのかもしれないです。文庫では結構削ぎ落しました。もちろん内容はそのままなんですけど、少し読みやすくなったんじゃないかな。
――時代の変化を感じた点はありますか。
榎田 それほど古い作品ではないのですが、なにしろ、コロナ以降で世の中は大きく変わってしまいました。作中の喫茶店「レインフォレスト」は狭い店内にお爺ちゃんとお婆ちゃんがギュッと集まっているようなお店を想定して書いたのですが、そんな場所、今はありえませんよね。早く状況が良くなって、世の中が元に戻るといいなって思います。小日向の店がつぶれていないか心配ですよ……。
――物語は妻と別れて仕事も辞めた矢口が、中学時代を過ごした雨森町に引っ越すところから始まります。矢口という不器用でひねくれたキャラクターについて教えてください。
榎田 私自身も矢口のことが今ひとつわからず、彼と打ち解けられないままに書き進めていった感じがありました。それは悪い意味ではなく、矢口は結局そういうキャラクターなんですよね。心を開いてくれないので、決して書きやすいキャラではありません。
この物語は彼視点で語られていきますが、地の文でも自身の秘密を頑なに語ろうとしない。目の前で起きていることについても見たままの説明はするけど、それについて自分がどう思ったかは表層的なことしか語らないという面倒くさい人なので、本当に最後の方にならないとキャラの本音が出てこなかったです。でも、一度「矢口はそういうやつなんだな」ってわかると、ほどよい距離感で書き進めることができました。
――対する小日向についてはいかがでしょうか。
榎田 小日向はあけっぴろげな男なので、自分の思ったことや要求はズケズケと言いますが、そこに説明がないので、わかりやすいように見えて実はそうでもないのかもしれないです。脊髄反射的に言葉をパンパンと返してくるけれども、小日向もすべてを語るわけじゃないですし。ただ私の中ではわかりやすいというか、身近に感じることができたのでとても書きやすかったです。