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【私的新刊ガイド】文春ミステリーチャンネル(2021年4月号)

【私的新刊ガイド】文春ミステリーチャンネル(2021年4月号)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ ,#ノンフィクション

全国のミステリーファンのみなさま、こんにちは! ステイホームのお供にぴったりの、4月の新刊ミステリーをお知らせします。

新年度を機に、この「文春ミステリーチャンネル」のコンセプトをほんの少し改め、文藝春秋が刊行する新刊書籍・文庫のなかから、評者が「これぞ!」とおすすめしたいミステリー作品をより強くプッシュしていくガイドにしていきたいと思っています。どうか読み逃しがありませんように、今後もチェックリスト代わりに活用していただけたらうれしいです。


【文春文庫】

□貫井徳郎『神のふたつの貌』
□セバスチャン・フィツェック『乗客ナンバー23の消失(酒寄進一訳)

『神のふたつの貌』(貫井 徳郎)
『乗客ナンバー23の消失』(セバスチャン・フィツェック)

貫井さんの名作『神のふたつの貌』が文庫新装版としてよみがえると聞いたとき、胸の高鳴りを抑えることができませんでした。それくらい本書は、評者にとって特別な1冊です。貫井さんのデビュー作『慟哭』が文庫化されたのが今から22年前の1999年のこと。評者は当時、推理小説研究会に所属する大学生でしたが、『慟哭』に出会い、「これは自分たちのミステリーだ!」と興奮したことを覚えています。『慟哭』が見せてくれた新しい風景、洗練された空気に、若いミステリーファンは熱狂したのです。読者や書店の後押しを受け『慟哭』はたちまちベストセラーに。ブレイクを果たした貫井さんは、『慟哭』のテーマをより深め、2001年、『神のふたつの貌』を上梓することになります。

『神のふたつの貌』の著者、貫井徳郎氏

本書の舞台は地方の教会。牧師の息子として生まれた早乙女輝は、信仰に身を委ねたいと切望しつつも“神の愛”を確信できぬまま、周囲で悲劇が相次ぎ、“沈黙する神”の冷厳さに打ちのめされます。荒野をさまよう早乙女の魂に、安息の地は見つかるのでしょうか? 繰り返される殺人劇の果てに待ち受ける衝撃の結末に、読者は唖然、呆然と立ちすくむことでしょう。『慟哭』で「人間存在」を問い、『神のふたつの貌』で「罪」を問うた貫井さんは、やがて2007年刊行の『夜想』で「世界」そのものを追究することになります。ぜひ『慟哭』や『夜想』と読み比べていただきたい、若き日の著者の代表作です。

『夜想』(貫井 徳郎)

もう1冊。ドイツ・ミステリー最大のベストセラー作家フィツェックが、一隻の豪華客船に謎とサプライズを詰め込めるだけ詰め込んだのが『乗客ナンバー23の消失』です。2018年「週刊文春ミステリーベスト10」で第3位となった傑作ノンストップ・ミステリーがついに文庫化されました。

乗客の失踪が相次ぐ謎の客船「海のサルタン号」。かつて妻子がこの船から姿を消した刑事マルティンは、真相を追ってこの船に乗り込むことに。しかし謎は“失踪”だけではありませんでした。船のどこかには監禁された女がおり、怪しげな計画を練る若い娘がおり、船員がメイドを拷問し、それを泥棒が目撃し、行方不明の少女が突如出現する……。謎また謎また謎。警察の手の及ばない大西洋横断客船で幾重にもからみあう犯罪と陰謀。密室状況を舞台とするミステリーにハズレなしと言われますが、ドイツの名手が贈る本書は、ミステリー史上最悪・最強の客船ミステリー。宮部みゆきさんが「ほんの数行で展開が変わるジェットコースター・スリラーなので、目を離してはいけません」と推す傑作です。

【単行本】

□西村京太郎『石北本線 殺人の記憶』
□赤石晋一郎『完落ち 警視庁捜査一課「取調室」秘録』

『石北本線 殺人の記憶』(西村 京太郎)
『完落ち 警視庁捜査一課「取調室」秘録』(赤石 晋一郎)

90歳にして旺盛な執筆を続ける西村京太郎さん。大ベテランの実力派だけに、ポワロ、クイーンら名探偵を勢揃いさせた『名探偵なんか怖くない』、あらゆるものを消してしまう西村マジックが炸裂する『消えた巨人軍』『消えたなでしこ』、海洋冒険ものの傑作『発信人は死者』『消えた乗組員』、クリスティの名作に挑戦した『殺しの双曲線』など、名作には限りがありません。――が、しかし! 最新の西村作品が、往年の力作に勝るとも劣らぬ大胆な発想にあふれていること、読者の度肝をぬくミステリーであることを、みなさんご存じでしょうか。

『石北本線 殺人の記憶』は、新型コロナウイルスが猛威をふるう札幌市内で、一人の男が20年の「コールドスリープ」から目覚めるシーンで幕を開けます。かつて北海道財界を代表する若き経営者だった男は、友人の裏切りによって収監され、社会に絶望。「コールドスリープ」の人体実験に協力したのです。20年ぶりに目覚めた男の周囲で、過去の因縁によるものと思しき連続事件が発生。しかも犯人はどうやら新型コロナの感染者らしい……。コールドスリープの設定もユニークなら、PCR検査を受けながら捜査に奔走する十津川警部の奮闘ぶりもすごい。厳戒態勢下で次々に人が殺されていくスリルに、思わず息をのまずにはいられません。

さて、先月の『警視庁科学捜査官』、先々月の『ロッキード』に続いて、今月もノンフィクションを1冊。赤石晋一郎さんの『完落ち』は、警視庁捜査一課で「落としの天才」と呼ばれた伝説の刑事・大峯泰廣氏に徹底取材したドキュメントです。連続幼女誘拐殺人事件の宮﨑勤と対峙したときの、「刑事さん。刑務所は色々な、つらい仕事をさせられるんですか?」「場所にもよるよ。刑務所のことをずいぶん聞くな? どうしてだ?」「私を見て、どう思いますか? どんな人間に見えますか?」といったやりとりは圧巻の迫力。「調べの極意は、魚釣りと似ている。『間合い』、『タイミング』、『言葉の使い方』」など、一文一文の濃度がとんでもないのです。

この『完落ち』、先月ご紹介した『警視庁科学捜査官』とあわせて読まれることを強くおすすめします。というのも、実は『警視庁科学捜査官』の中に、この大峯刑事が登場しているからです。地下鉄サリン事件の真相解明のため、容疑者の供述を引き出すために、最先端の科学知識と、人間的な「落とし」の技術とが、ともに貢献していることが浮かび上がる瞬間は、まさに鳥肌ものです!

以上4作、駆け足でご紹介しました。
ミステリーは私たちの大切な友人です。これからも気になる新刊をどしどしおすすめしていきます! お楽しみに!

バックナンバーはこちら


 
文春文庫
神のふたつの貌
貫井徳郎

定価:935円(税込)発売日:2021年04月06日

文春文庫
乗客ナンバー23の消失
セバスチャン・フィツェック 酒寄進一

定価:1,089円(税込)発売日:2021年04月06日

単行本
石北本線 殺人の記憶
西村京太郎

定価:1,078円(税込)発売日:2021年04月15日

単行本
完落ち
警視庁捜査一課「取調室」秘録
赤石晋一郎

定価:1,760円(税込)発売日:2021年04月13日

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  • 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著

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