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大人の童心を呼び覚ます魅力にあふれたかこさんの〈子どもの遊び〉エッセイ

大人の童心を呼び覚ます魅力にあふれたかこさんの〈子どもの遊び〉エッセイ

文:辻 惟雄 (美術史家)

『だるまちゃんの思い出 遊びの四季』(かこ さとし)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・コミックエッセイ

『だるまちゃんの思い出 遊びの四季』(かこ さとし)

 加古さんは視力が以前から悪く、講演のときはそれがさらに進んでいた。それを知らなかった私は、久しぶりの対面が嬉しくてサインを求めると、応じて下さった。「かこさとし」の「し」の後半が、真横の直線を長く引いている、その直線が機械で引いたような鋭いものとなっているのに、エンジニア出身の加古さんの、愚直なまでの真面目さ、誠実さを見る思いがした。

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 話を本書のことに戻そう。“出来るだけその当時の自分に立ちかえって、その心と立場から遊びの面白さとよさを記すようにした”と「まえがき」しながら、同時に子供は“生存や生活や人間関係やらの、さまざまな悩みや葛藤の渦まく生きた社会の中で「遊んでいた」はずである”とも書かれている。子供の遊びを理想化し、それを美化することによって、現実から逃避する態度を戒める氏の姿勢がここに見られる。

 氏が武生で遊んだのは、日本が軍国化され、戦争に突入する直前の時期だった。この本の中にも「兵隊ごっこ戦争ごっこ」が扱われている。そこでは、戦争ごっこに夢中になった子供の態度がひたむきに擁護される。敗戦の時、加古さんは19歳、同年配の少年が特攻隊を志願する年齢でもあった。加古さん自身も、かねてから航空隊にあこがれる軍国少年だったが、そのころすでに視力が悪く、陸軍士官学校を受験すらできなかったという。

 敗戦により虚脱状態となり、大人不信に陥った加古さんにとって、荒廃の世相の中で子供の遊びの生活に寄り添い、それを守り、そこで教え教わることが新しい生き甲斐となった。「兵隊ごっこ戦争ごっこ」のところで加古さんは、子供の戦争ごっこと大人の戦争とは全く別のものだと主張する。ロングセラーとなった『未来のだるまちゃんへ』(文春文庫)の「はじめに」で、終戦と呼ばず敗戦と呼びたい、と強くいう。その気持ちは、敗戦当時13歳だった私にはよくわかる。

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 本書は、最初、じゃこめてい出版という個人的な出版社からの依頼で1975年に発行され、それが学者・評論家の坂西志保氏(1896~1976)の目にとまり、第23回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。著者は坂西氏の推薦に厚く感謝している。そしてその後、2018年に復刊ドットコムで復刊された。

 そのような経緯の本が、今回文庫本として再刊されたことの意味は大きい。生まれ育った美しい故郷への思いと、遊びの記憶とがつづれ織りとなった本書には、氏のライフ・ワークというべき、4冊本『伝承遊び考』(2006~08・小峰書店)の雛形ともいえる部分も含まれている。「鬼ごっこ天国」「じゃんけんうた抄」「じゃんけんグリコとび」などがそれである。

 加古さんが、子供の遊びに関心を持ったのは、氏が川崎古市場のセツルメントに入った1950年の頃だった。子供たちが地面に絵や図形を描いて遊ぶ様を氏は、いっしょに遊びながら熱心に記録した。その作業は以後、半世紀余り続けられ、全国から集めた資料は29万点に及んだ。その成果が『伝承遊び考』に実を結ぶことになるのだが、満を持していたのだろうか、氏の子供の遊びについての本が出たのは、1975年初版の本書が最初であり、それも、幼い自分の体験した遊び、という限定を付けてである。その中に、『伝承遊び考』の原形があることはすでに述べた。

 膨大な資料を綿密に整理し、正確な記録を意図して描かれた『伝承遊び考』の記号的な図に対し、この本では、絵本作者としてすでに高く評価されていた氏の描く子供たちの姿が、のびやかで楽し気だ。大人たちの童心を呼び覚ます魅力がそこにある。

だるまちゃんの思い出 遊びの四季
ふるさとの伝承遊戯考
かこさとし

定価:825円(税込)発売日:2021年05月07日

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