- 2021.09.02
- 書評
コロナ社会で心が闇落ちする前に…分断と孤立に抗して生き延びるための「アナーキック・エンパシー」とは
文:星野 智幸
星野智幸が『他者の靴を履く』(ブレイディみかこ 著)を読む
コロナ社会で一番きついのは、毎日が分断の連続であること。友人に会えず、政治のメチャクチャさにメディアや有権者(自分含む)を恨み、五輪の強行に棄民の気分になり、ワクチン接種をキャンセルされてワクチンを打てた人に嫉妬し、心がダークサイドに落ちる寸前で、エンパシーを考察するこの本が差し出され、私は飛びついた。
本書でのエンパシーの意味とは、「他者の靴を履く」こと、すなわち「他者の人生であり、生活であり、環境であり、それによって生まれるユニークな個性や心情や培われてきた考え方」を、「その人になったつもりで」想像することである。心情的に共揺れする「シンパシー(共感)」とは違って、頭を使って考える行為だ。
受け入れがたいと感じる人に対して、切って捨てたり攻撃したりするのではなく、どう対応していくか。そのためには、まず相手をできる限り知らなくてはならない。まさに分断と孤立に抗して生き延びるためのスキルではないか。
エンパシーについての考え方は千差万別で、聞くべき異論もたくさんある。ブレイディみかこはそれらを読み解くことで、さらにエンパシーの思考を強く深いものにしていく。この姿勢自体が、エンパシーの優れた実践例となっている。
中でも、10章の「エンパシーを『闇落ち』させないために」は必読だ。闇落ちしかけた者としては、自分のドキュメンタリーに思えて怖かった。
他人のつもりになってその人の内面を想像する作業には、自分をカッコにくくる、という前提が必須となる。自分の価値観をいったん置かないと、他人の価値観には届かないから。しかし、力関係で上にある相手の心を理解することが常態になると、いつの間にか、自分を消して他人の顔色を窺うだけになる。その結果、自分を世間や権力者に譲り渡して、支配を受け入れることになりかねない。それがエンパシーに潜むダークサイドだという。
「ここではない世界は存在すると信じられなければ、人はいま自分が生きている狭い世界だけが全てだと思い込み、世界なんてこんなものだと諦めてしまう。そうなれば、人はあらゆる支配を拒否することなどできない」
日本に生きていれば、あまりに見慣れた光景ではないか。心当たりのある人が大半だろう。闇落ちしかけた私は、まさにこの境地に陥っていた。
これを回避するために必要なのが、自分であることを譲らない立場(アナキストであること)からエンパシーを発揮して、他人と徹底して話すことで折り合いをつけていく姿勢。自分が楽になることと、まわりも楽になることは連動しているから。それがアナーキック・エンパシーだ。
自らポストコロナ時代を作っていこう、という気持ちになれるだろう。
Mikako Brady/1965年、福岡県生まれ。英国・ブライトン在住。ライター、コラムニスト。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞、19年『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で本屋大賞ノンフィクション本大賞受賞。著書多数。
ほしのともゆき/1965年、米ロサンゼルス生まれ。作家。『最後の吐息』『俺俺』『焔』『だまされ屋さん』など著書多数。近著に『植物忌』。
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