- 2021.09.06
- 書評
マコトから学んだこと
文:三代目 柳亭小痴楽 (落語家)
『絶望スクール 池袋ウエストゲートパークXV』(石田 衣良)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「……あの、誠さんですか?」
「そうだけど、何?」
「……あの、話があるんですが。本当に僕なんかが解説なんて書いて良いんですかね?」
「依頼された仕事は受けたいなら受ければ良いんじゃないの? 言っとくけどコラム一つ書くのだって大変なんだぜ? お前に何か書けることあるの?」
「解説なんて大それたことは無理ですが、めっちゃ大好きなんです、池袋ウエストゲートパーク!」
タイトの気持ちが良く分かる。そりゃ大事なものや好きなものの事となったら必死にだって饒舌にだって二重人格のようにだってなるさ! 今回解説をいかがですか? と連絡をもらった時は本当に恐れ多さに驚きつつも、嬉しくて嬉しくて涙が出ちゃいました。でも、本当に良いんだろうか……だって私なんてマコトよりも学歴の無い中卒の人間なのに。それでもマコトなら「関係ない! やれ!」って背中を押してくれると信じてやらせていただきます! みんな無視しないで読んで!
なんてったってこのシリーズは私のような昭和63年生まれの平成者にとってバイブルなんだから! うちの学校ではバイブルなんていうもんじゃなく、まさに教科書。中学の時にこの本を見つけてからは学園中が片手にIWGPを持ってるという社会現象だった。うちの母校は制服もなくピアスを開けようが髪を染めようが大丈夫。見た目にとらわれず個性を大事に、という自由な校風がウリの吉祥寺の先にある学校だった。生徒も自由ならば先生も自由で、なんと小学校から教科書がなかった! 学期初めにプリントを配られて、自分達で厚紙で綴じて教科書を作るところから授業が始まる。そんな学校。もちろんランドセルもなく、カバンも自由。私を含めヤンチャな悪ガキどもはポッケに鉛筆一本とメモ帳を入れて手ぶらで登校したものだ。そんな活字からかけ離れた連中がこぞってディスクユニオンのビニール袋を持って登校し始めた。天(あま)の邪鬼(じゃく)な私の袋はブックスルーエだったけどね。袋の中に何を入れていたか、みんなIWGPの文庫版だ。ね? 大袈裟じゃなく本当に教科書でしょ?
最初はただ、この作品の疾走感や爽快感、キャラクターから発せられるカッコいい言葉や、言い得て妙なマコトの比喩にただ単純にワクワクしていた。それがシリーズを読み進めているうちに私の気持ちに変化が出てきた。ただ楽しむところから勉強しようという気持ちになっていったのだ。というのも碌(ろく)に学校へ行かず、半端な学生生活で高校もリタイア、世間を知らずに落語の世界へ飛び込んだ私は、IWGPが取り上げてくれる社会問題のおかげで世間に目を向けるということができるようになったのだ。
何度も読んではいるが、今回お話をいただいて改めて全作読み返してみると、そんな中でまた新しい発見があった。みんな大人になっている。タカシの喧嘩の仕方。ただ強かったのが、余裕というか貫禄が出ている。マコトの問題の収め方もみんなの気持ちをより考えるようになったというか、大人っぽくなった。昔のような血みどろな解決もスカッとして好きだったけどね。
今回、取り上げられているネタは動物虐待、乱暴な車の運転問題、引きこもりを喰い物にするような営利団体、外国人留学生の生活や就労の過酷さ。それらの現実を見せてもらった。どれもニュースで観ては残酷な人間に腹を立てたり、どうなっていけば良いのかと考えさせられている問題だ。相手はどれも弱者を嘲笑うかのような嫌な奴。そんな奴が良い思いをしていることに腹が立ってしょうがない。そんな弱者にマコトはいつも私たちの代わりに手を差し伸べてくれる。この問題は決して他人事ではないんだと、いつも思う。
私が何で落語に魅了されたのか。それは悪者は必ず笑い者になって失敗をする点だ。弱者と言われるような人物が一番目立って、一番重宝される。そして仲間外れがいない。そんな世界観に心から安心を覚え、そんな世界に憧れたからだ。例えば古典落語の『錦の袈裟』という噺は、町内の男連中で揃いの褌(ふんどし)を穿いて吉原に行こうと計画がもちあがる。でも間抜けな与太郎は内儀(かみ)さんを説き伏せられないだろう。そこで仲間外れにするのではなく、男連中みんなで説き伏せる算段を考え合う。与太郎が内儀さんに伝えると跳ねっ返り者の内儀さんは「悔しいねぇ! だったらあんたは誰よりも良い褌を締めて行きな!」と言って、与太郎はその晩の吉原で町内の誰よりもモテてしまう。なんて幸せな気持ちで笑えるのだろうか、と十六歳の私は滑稽噺に感動して涙が出たほどだ。
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