- 2021.09.06
- 書評
マコトから学んだこと
文:三代目 柳亭小痴楽 (落語家)
『絶望スクール 池袋ウエストゲートパークXV』(石田 衣良)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
落語の登場人物は大体決まっていて、脳天熊にガラッ八、横丁の隠居に、人の良いのが甚兵衛さん、バカで与太郎。マコトは、時にドンドン突っ走る八五郎や熊五郎であり、相談に乗って解決策を導き出す御隠居さんであり、とにかく人が良い甚兵衛さんでもある。さらに与太郎のフリをする事も忘れない、いやこれ完璧人間だろう! そして一番好きなところは仲間や周りの人間を惜しげもなく頼るところだ。頼るときも力が強いからだけじゃなく、長所を持った人間に信頼を置いて任せるところ。そんな人間だからマコトの周りには様々な人間が集まってくるのだろう。私はマコトのようになりたい。私は十六歳で親父が倒れ半身不随になった。その四年後に亡くなったのだが、それまで親父が私に教えてくれたのは『考える事』だった。自分の気持ちを考える、人の気持ちを考える。親父が亡くなってからは、何か思い詰める事がある毎に“親父だったらどうしていたかな”と考えてしまう。それと同時に“マコトだったらどうするのかな”なんて思う事もある。それくらいマコトの考え方が好きなのだ。
本書最後の「絶望スクール」では、残酷な日本に本当にガッカリしてしまった。十年ほど前に、落語会の打ち上げで居酒屋さんの中国人アルバイトの子に横柄な態度をとった先輩を、ある大御所の先輩が「偉そうだな、ここは自分の家じゃないんだよ、お酒や飯を出してもらってるんだぞ? 言葉も分からない国に来て、不安や恐れもある中、語学を勉強しながらアルバイトをして生きている人に、よくお前みたいな人間がそんな偉そうにできるな。お前、今から中国に行ってバイトしてみろ!」と怒ったことがあった。その小言を仰っていたのが、春風亭昇太師匠だ。それまで私は、居酒屋のバイト経験があったので酔ったお客さんの嫌な態度を見ていて、自分がされて嫌だったから自分はこういう事はしたくない、と思って気を付けていた。でも、師匠の考えはもっとその先にあった。“自分”だけじゃなく“他人”を考える事を忘れてはいけないという事を私はその時学んだ。こういう感覚の人が大勢いるから私は落語の世界に飛び込んで良かったと日々感じている。
私は本を通してだけじゃなく石田衣良さんには多大な影響を受けた。三年ほど前に私がMCを務めていた人生観を語っていただく内容のインターネット番組にお越し頂いた事があった。収録後、お酒の席をご一緒させてもらったのだが、収録から酒席を通して、石田さんは決して人の考えを否定する事はなかった。それは何でも肯定をするという訳でもなく、人は人と捉えているのか否定もしない。それが、比較を嫌がり、人は人、自分は自分、という私の父親のような考え方に繋がり、そこに石田衣良さんの全てを包み込むような柔らかい物腰も加わり、私はずっと甘えて話を聞いてもらいたくなり、できる事なら考え方をそのままもらいたくなった。
私の中の変化でもう一つは、聴く音楽も変わった事だ。マコトのおかげでクラシックに興味を持てた。詳しくはないけど、クラシック以外も出てくる曲は全部聴いている。今では読書中と毎晩の入浴中はいつも流している。
今更だけど、ずっとマコトマコト言っててごめんなさい。正直な事を言うと私の一番好きな人物はマコトのお母さんです。だってカッコいいんだもん! 何より寄席が大好きだし! 時折出てくるお母さんの竹をスパーン!と割ったような啖呵や考え方、考えるより動け!の感情優先型の人間性を見ていると本当に気持ち良い! 私の母ちゃんもサッパリした人間で、私の後輩が金が無くて食い物が無いというと、何も言わずに家にある食材を車に積んでその後輩の家まで届けに行くという人だ。私のその日の夕食は食材が何も無くてカップラーメンだったけどね。マコトのお母さんがうちの母ちゃんに重なるところがあって、出てくるといつも嬉しくなる。私もマコトと同じでマザコンなんです。だけど、マコトのお母さんの方が良いなぁ。だって池袋演芸場に来てくれるんだもん! うちの母ちゃんは息子が出てるっていうのに、一回も来てくれないもんね。恥ずかしいの? って聞いたら「いや、そもそも落語好きじゃないの。なんか聴いてて疲れるし、面白くないから」だって。なんて薄情なやつだ。
いつかマコトがお母さんに連れられて池袋演芸場に見に来てくれたら嬉しいな。その時は頑張って私が寄席のトリを務めていたい!
あ、いや別に私を作品に出してくれとかそういったコスっからい料簡(りょうけん)で言ってるんじゃなくて! 現実と小説の中がゴッチャになってるだけだから! それくらいIWGPの世界はリアルだって言いたいだけなの!
とにかく……あの……今回の作品も最高に面白かったです!
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