墓はあちらこちらにあります。これまでに多くの人間が生きて死んできたことを思うと、今歩いているこの地面の下にも誰かしらの骨があるのではないか、大昔にこの足元で死んだ人がいるのではないか、と想像せずにはいられません。足元にも手を合わせたくなりますね。
近代の墓は残っていて、現代の人間でもその人の死を認識して手を合わせられるから、ありがたいですね。残してくださった方、ありがとうございます。
この本では、日本の、主に近代の作家たちのお墓をまいっていきました。昨今の文豪ブームがあり、文豪にご興味を持つ人が増えたように感じ、近代文学好きの私はなんだか嬉しいです。作家のキャラクターや生き方、時代背景に興味をお持ちの方が多くいらっしゃるのでは、と思いますが、この本の中で、そんな方々のご期待に応えられる文章が書けていたら幸いです。
作品だけでなく、人柄や人生そのものが芸術のような作家がたくさんいますね。日記や手紙が程よく残っているから、恋愛沙汰や借金話や戦時中の思想なども死後に公になって面白いです。これからの作家の場合は、書き損じ原稿も日記もメールもSNSも死後はパソコンやインターネットの闇に消えてしまうのかもしれず、ちょっとつまらないですね。未来の墓まいりはどうなるのでしょうか?
そういえば、単行本刊行後に、楽しいことがありました。稲垣吾郎さんの「ゴロウ・デラックス」でこの本を取り上げてもらえて、稲垣さんと共に夏目漱石と永井荷風の墓まいりをしたのです。不思議で素敵な思い出です。
その際、墓石の話題になり、私が「『あきらめる』という言葉が好きだから、自分の墓石には『あきらめる』と彫ります」と言ったところ、稲垣さんから、「『あきらめる』という小説を書いたらいかがですか?」というご提案をいただき、私は今、「あきらめる」というタイトルの小説執筆に取り組んでいる最中です。
いろいろな野望が湧きます。墓まいりももっとしたいです。日本には、たくさんの墓があります。私個人の事情で、メインの墓参期間が妊娠期間と重なり遠出を避けることになり、この本では、大阪の織田作之助、京都の谷崎潤一郎の他は、東京・神奈川の一部を中心とした墓まいりになっています。
これから、日本全国津々浦々の墓まいりをしたいです。
いや、日本だけでは飽き足りません。
野望としましては、世界中の文豪のお墓まいりをこれからしたいと思っています。
いろいろな国に面白い作家が生きて死んできたわけで、墓も数多く残っていますから、世界中にまいるべきところがたくさんあります。
私は、「今後は、遊びや仕事で海外旅行に行くとき、スケジュールに墓まいりをそっと組み込むことにしよう。そうして、勝手に原稿を作っていって、十年後、二十年後、いや、無理だったら三十年後にでもまとめて、出版社に持ち込もう。『世界の文豪お墓まいり記』に向けて動こう」と考えました。
しかし、コロナ禍に入り、なかなか海外旅行も難しくなりました。でも、ずっと旅行ができないわけではないでしょうし、いつかは動きます。あるいは、オンライン旅行が進化していっているので、オンライン墓まいりのようなこともできるようになるのでしょうか? とにかく、世界中の墓まいりをしたいです。
さて、この原稿は、「文學界」で二年くらいかけて毎月連載していったものです。まいっておいたら執筆はどこでもできるので、産休育休を作らずに病院のベッドで書いた回もあり、個人的な思い出も深いものとなりました。そんなわけで、文豪の話だけでなく、私の仕事や私の家族の生や死など、読者のみなさまにはあまりご興味がなさそうなことまで原稿に入ってきてしまっています。でも、まあ、墓まいりというのは、まいっている側の人生がものを言いますから、みなさんが墓まいりをするときも、みなさん自身の生と死やご家族の生と死などを絡めて考えごとをなさることをおすすめしたいです。私は墓参の前後によく肉を食べていますが、みなさんも墓参の際に何かを召し上がってはいかがでしょうか? 食は生きることにつながっていますから、墓まいりに似合うと感じます。
最後に、墓まいりに付き合ってくださった、津村記久子さんと西加奈子さんにお礼を。ありがとうございました。
それから、墓の中のみなさまも、ありがとうございます。どうか、やすらかにお眠りください。
そして、「文豪」たちのご家族の方々、お墓の管理をなさっている方々などにも、失礼のないお墓まいりをしたいと思ってまいりましたが、もしも失礼がございましたら、誠に申し訳ございません。
何よりも、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
二〇二一年六月二十七日 そろそろ蚊と共にまいる季節になりました
山崎ナオコーラ
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