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自分のことをエライと思ったら人はもうバカなのだ

自分のことをエライと思ったら人はもうバカなのだ

文:町山 智浩 (映画評論家)

『藝人春秋3』(水道橋博士)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

『藝人春秋3』(水道橋博士)

 映画『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』を観て、水道橋博士を思い出した。

 アベンジャーズはマーベル・コミックスのスーパーヒーローたちのグループだ。超人血清で無敵の肉体を持った兵士、怒ると緑の巨人になって話が通じなくなる科学者、軍事産業を経営する億万長者のプレイボーイ、それに雷神。そんな、肉体も精神も異常すぎるメンバーのなかで、弓矢の名手ホークアイは悩む。とてもついていけない、自分は普通すぎると。するとホークアイの妻がこういう。

「だからこそ、あなたのように地に足のついた人が必要なのよ」

 水道橋博士もそうだ。

 芸能界や政界の異常な人々を、ホークアイならぬ理性の眼で観察してきた彼の成果が『藝人春秋』というシリーズだ。一作目について、筆者はブログにこう書いた。

 

『藝人春秋』は、水道橋博士が15人の人々の裏話を書いた本で、書名の元になった『文藝春秋』はもともと文壇のゴシップ雑誌だったから、単なるダジャレではない。

 15人の内訳は、そのまんま東、石倉三郎、草野仁、古舘伊知郎、三又又三、堀江貴文、湯浅卓、苫米地英人、テリー伊藤、ポール牧、甲本ヒロト、爆笑問題、稲川淳二、松本人志、北野武……って、芸人は7人しかいないじゃんか!

 では、この15人をくくる枠は何か、といえば、「過剰な人々」ということだろう。過剰ということでいえば、古舘氏などを除いて、「無意識過剰」だ。

 その方向性には二種類あって、ひとつは「正直」「自分をさらけ出す」系で、東、テリー、などの人々。もうひとつは「ホラ吹き」「自分を飾る」系で、苫米地、湯浅、堀江など。しかし、どちらも無意識のうちに直観的にやっているので、傍から見ると無防備で、客観的に自分を観ることができていない。おっちょこちょいで、あぶなっかしいから、時に笑われる。

 彼らが理性的でないというわけではない。たとえばの場合、有り余る理性を、内側の直感が乗り越えていく。それを「狂気」と言い換えてもいい。それは優れた芸術家の条件だ。「芸」に不可欠なものだ。

 そんな彼らをは常に理性の目で描いていく。散りばめられたダジャレや言葉遊びは非常に精緻で、二重三重の意味がかけられている。博士は誰よりも冷静に、過剰な人々を観察し、彼らの心理を分析してする。

 しかし、読み進めていくうちに僕が感じたのは、狂気への憧れと渇望だった。

 文中で甲本ヒロトが『サボテン・ブラザース』のいいシーンを引用している。山賊に苦しめられているメキシコの農民が、西部劇でヒーローを演じる俳優トリオ(スティーヴ・マーティン、マーティン・ショート、チェビー・チェイス)を正義のガンマンたちだと思い込み、助けて欲しいと頼み込む。殺されちゃうよ、とマーティンとチェイスは逃げようとするが、ショートだけは残って村を助けようとする。そして地面に線を引く。

 その線のこっち側は闘わずに安全な日常に戻ること。線の向こう側は、イチかバチかの闘いに身を投じること。ただ、線を越えれば、本物になれるかもしれない。

 その一線を無意識に越えてしまう人々は、優れた芸術家だったり冒険家だったり、英雄だったり天才だったり、犯罪者だったり狂人だったりカリスマだったりする。

 博士は理性の人だ。無意識に線を越えることはできない。しかし、線の内側で安穏とできるほど自分の心を閉ざしていない。だから、線を越える人々に魅かれ、線の上を綱渡りする。時に魅かれすぎて綱から落ちそうになったりもする。時に彼自身、「この線を越えなければ」という自意識によって「えいやあっ!」とジャンプすることもある。でも理性の足枷は常に繫がれている。

 

 博士が、ジョージアのCMで日本のマドンナだった飯島直子からせっかくかかってきた電話を緊張して切ってしまったというエピソードには決して芸能界に染まらない博士の良さが滲み出ている。

 だが、やしきたかじんは博士を初めて見るなり「タレントとちゃうわぁ。記者の目つきや!」と見抜いた。

 さすが、たかじん。元新聞記者志望。実は博士も、ビートたけしに衝撃を受ける前は、反骨のルポライター、竹中労に憧れる少年だった。

 浮かれた芸能界でもけっして理性を失わない博士の眼は記者のそれ、いや、探偵、もしくはスパイの眼かもしれない。

『藝人春秋2』で博士は「理性の国から来たスパイ」として、狂気の国、芸能界や政界を調査する。

 プロローグで「ハカセ、水道橋博士です」と名乗るのは、007、ジェームズ・ボンドがどの作品でも必ず「ボンド、ジェームズ・ボンド」と名乗るのを踏まえているが、『女王陛下の007』のスキー・アクションのように見事に、スベっている。

 そして次々に登場するのは、007のオッド・ジョブやジョーズにも匹敵する奇人変人。キンタマでシルク・ドゥ・ソレイユする三又又三、トルコで全裸、という、昔の人が聞いたら何が悪いのかわからない、江頭2:50、その年まで週刊文春という雑誌があることを知らなかった照英、2万戦無敗の男、武井壮、実戦経験ゼロゆえに無敗の男、寺門ジモン……。

文春文庫
藝人春秋3
死ぬのは奴らだ
水道橋博士

定価:935円(税込)発売日:2021年03月09日

文春文庫
藝人春秋2
ハカセより愛をこめて
水道橋博士

定価:935円(税込)発売日:2021年02月09日

文春文庫
藝人春秋
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定価:792円(税込)発売日:2015年04月10日

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