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太宰治の死をきっかけにライスカレーを100人前注文した坂口安吾……作家たちの“仰天エピソード”

太宰治の死をきっかけにライスカレーを100人前注文した坂口安吾……作家たちの“仰天エピソード”

文:中条 省平

中条省平が『文豪春秋』(ドリヤス工場 著)を読む

出典 : #週刊文春
ジャンル : #コミック・コミックエッセイ

『文豪春秋』(ドリヤス工場)

 作者のドリヤス工場は、『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』という本で人気を得たマンガ家です。

 なんとも身も蓋もない題名ですが、これがほんとに『人間失格』や『舞姫』から、なんと『ドグラ・マグラ』までの有名な文学作品を10ページほどでうまく要約しているのです。読んだことのある人は「なるほど」と思うし、読んだことのない人は読んだ気になれるという、コロンブスの卵のような要約マンガ集。シリーズ累計で50万部突破というのも頷けるなかなかの出来栄えです。

 その絵柄もすごい。なにしろ水木しげるにそっくりで、パクリというのも愚かなほどよく似ています。しかし、あの飄々とした絵柄のおかげで、全体に大らかなユーモアが漂って、ドリヤス工場のマンガは、虚実を超越した別天地のような空気を醸しだすのです。

 本作は、そのユーモラスな絵柄で、日本近代文学30人の文豪の人生を巧みに要約したマンガです。

 作品と人間とどちらが面白いかといえば、たしかに作品ではいくらでも面白い嘘が作れるけれど、この『文豪春秋』に出てくる出来事は全部、本物の人間がやった、本当のことなのです。その奇妙奇天烈、奇想天外な人間の生き方には、唖然としてしまいます。

 その上、1作家について、4ページですよ。このコンデンスぶりはほとんど奇跡的。しかも、文藝春秋社のオタク女性社員と、創業者の菊池寛の銅像が、文豪たちについて語りあうという話の額縁まで入れて4ページ。ちょっとびっくりです。

 日本近代文学というのは、こんなにたくさんの奇人、変人たちの大活躍で作り上げられていたのか、とため息をつきたくなるほどの、トンデモないエピソードの大盤振舞いなのです。

 芥川賞ほしさで佐藤春夫に4メートルもの長さの手紙で賞を催促し、結局もらえなかった太宰治の逸話から始まって、女や妻をやり取りすることで妙な友人関係を作りあげる小林秀雄と中原中也、谷崎潤一郎と佐藤春夫というコンビ、友人の太宰が心中自殺してから睡眠薬や覚醒剤を服用し、ライスカレーを100人前注文した坂口安吾、実の姪を愛人にして妊娠させ、それを題材に小説を書き、日本ペンクラブの初代会長に上りつめる島崎藤村まで、一度読みはじめたら、ページを繰る手は止まりません。

 もちろん、作家のスキャンダルや愚行が面白いのですが、やがてその面白さは、そういうことをしでかす人間そのものへの驚異と畏敬に変わり、ドリヤス工場の水木先生譲りの飄々としたタッチのせいもあって、そこには、人間存在への大らかな愛と諦念まで生まれてくる気がします。

 文学作品の面白さはいうまでもありませんが、それを生みだす人間の面白さこそを、この『文豪春秋』はひしひしと伝えてくれます。


どりやすこうじょう/東京都生まれ。同人活動を行いながら2005年より漫画家として活動。主な作品に『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』シリーズなど。

ちゅうじょうしょうへい/1954年、神奈川県生まれ。仏文学者、学習院大学教授。『表現の冒険 現代マンガ選集』編集。

こちらの記事が掲載されている週刊文春 2020年8月6日号

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単行本
文豪春秋
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