火付け盗賊を追って新たな旅へ
父を旗本奴に殺され、育ての親も明暦の大火で喪った少年・了助。水戸光國によって、剣の腕を見出され、捨て子を間諜として育てる幕府の隠密組織「拾人衆」に加わる。本書は仲間と共に成長する了助の成長を描く「剣樹抄」シリーズ待望の新刊だ。
「ただ少年の傷を描くだけでは、トラウマの美化になってしまう。悲壮感は出るでしょうけれど、この作品は、そういう物語ではありません。了助が成長する過程においては、社会と接することによって、自分を客観視していくことが絶対に必要なんです」
諜報のために設けられた「寺」のひとつである傘屋で働くことになった了助は、傘運びの道中、以前、打ち倒した町奴の仲間から喧嘩をふっかけられる。そこへあらわれた蓬髪の男が、血を流すことなく、喧嘩の始末をつけて去っていく。それは、了助にとって新たな師との出会いであった。男の名は柳生列堂義仙(やぎゅうれつどうぎせん)。父の死の真相を知った了助を導く存在となる。
「義仙が了助の師になれなかったら、プロットを変えるしかないと思っていましたが、書いてみるとしっくりきました。義仙は、余計なことは言わないし、しない。了助のやりたいようにやらせて、失敗も認める。基本的な教育を与えてくれるんですね」
火付け盗賊「極楽組」を追い、了助は義仙にともなわれて、日光街道を旅することになる。
「江戸周辺の都市の生活や、発展から取り残された人々の抵抗の歴史はぜひ書いておきたかったところです。もう一つ、日光道中を通して、江戸という都市の広がりを描くことで、了助の視野が広がっていく姿も書くことができました。特定の都市部の社会の狭さを離れなければ、心の逃げ場もなくなる。自分が生きる場所というのはもっと広く、何かに躓いたとしてもその経験を生かしていくことができるということを了助が知るためには、日光道中が必然でした」
一方で、狭い世界でしか生きられない絶望を背負っているのが極楽組だ。彼らを単純な悪役にとどめないところにも、この物語の魅力がある。
「主流から外れざるを得なかった人の恨みつらみをまっすぐに書いてみたらどうなるのかなと。彼らにも彼らの言い分があって、それをおろそかにすることはできませんでした」
果たして光國たちは、極楽組を捕らえられるのか、そして極楽組の真の思惑とは何か。光國と了助はそれぞれにからめられた因縁から新たな道へ踏み出せるのか――。さらに加速する大江戸諜報劇が堪能できる一冊だ。
うぶかたとう 1977年、岐阜県生まれ。96年、『黒い季節』でスニーカー大賞金賞を受賞しデビュー。著書に『マルドゥック・スクランブル』『天地明察』『光圀伝』など。