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<改めての全国順次ロードショー決定!>『山中静夫氏の尊厳死』南木佳士さん寄稿エッセイを公開

<改めての全国順次ロードショー決定!>『山中静夫氏の尊厳死』南木佳士さん寄稿エッセイを公開

南木 佳士

出典 : #文藝春秋
ジャンル : #小説

『山中静夫氏の尊厳死』(南木 佳士)
©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会

 南木佳士さんの名作小説『山中静夫氏の尊厳死』。末期がんで余命3カ月と診断され、ある決意を秘めた患者と、彼を担当する医師が命の尊さと向き合い、人が自らの意思で生き抜くことを描き出す物語です。

 映画「山中静夫氏の尊厳死」は、2020年2月14日よりシネスイッチ銀座他にて公開され、話題を集めたものの、折からのコロナ禍の拡大と重なり、公開規模の縮小を余儀なくされました。

しかし、全国的に感動が広まっていくと共に、2021年の<第30回日本映画批評家大賞>では主演の中村梅雀と津田寛治が揃って主演男優賞を受賞。再公開を望む声が日増しに高まりました。

©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会

そしてついに、2022年1月21日(金)より、イオンシネマシアタス調布他、全国のイオンシネマにて全国順次ロードショーが決定しました(1/21からは17スクリーンにて公開)。

初公開から2年後に改めて全国順次公開されるのは、極めて異例なこと。いかに本作が人々の心を動かし、また愛されているかがうかがい知れます。

試写をご覧になった南木さんが「文藝春秋」2020年2月号に寄稿されたエッセイを公開します。


「自著映画化始末」                                          

 昭和が終わる年の1月に第100回芥川賞を受賞した。すると、すぐに映画化の話が持ち込まれた。自作が映画になるなんて夢のようだな、と素直に喜んだ。大手映画会社のプロデューサーや脚本家と信州の貧相な病院住宅で会い、妻の手料理と地酒でもてなし、主演女優はだれがいいか、などと盛り上がった。その後、脚本は完成したが、撮影開始の話はいくら待っても来ず、やがてこちらも地方勤務医の医業に加えてプロとしての小説書きの無理がたたり、心身絶不調の状態に陥った。

 この一件があったゆえ、以降は自著の映画化の話には興味を失った。というより、パニック障害、うつ病と診断され、肺がん診療の第一線から脱落し、健康診断部門でかろうじて生きのびている身には小説を書くことも読むこともできない期間が数年続いた。

©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会

 やがて、いくらか元気になり、もう一度生きなおすために過去を再構築するべく小説を書いてみたくなった。生まれ育った群馬の山村生活をおとぎ話風に仕立てた『阿弥陀堂だより』(映画化)、東京の進学校から都落ちして北国の新設医学部に入った自身の体験をわざとユーモラスに描いた『医学生』。この2作の評判がわりとよかったので、今度は本腰を入れ、夜間の呼び出しに応じて患者さんの最期を看取り、そのまま外来診療に入って治療や診断に精を出す、がん診療最前線にいる勤務医と、楽に死なせて欲しいと訴える患者さんとの交流を中心に、安楽死と尊厳死の違いについて真剣に悩み、患者さん家族との想いの違いなどもあって、次第に疲弊してゆく医師を描く小説を書いた。

 医者のくせに小説を書き始めた原点は、当時のいわゆる医者物小説のなかに、朝、狭い住宅で泣きわめく子供たちに囲まれて納豆飯をかき込み長時間の手術を執刀したり、深夜の医局でカップ麺にお湯を注いだところで患者の急変を知らされ、食べ損ねて朝を迎える現場の医師たちの生活をリアルに描いたものが皆無だったからだ。美人の看護師との恋愛もない。スーパードクターもいない。

©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会

 ならばこの身が書いてやろうと思った、その初心にきちんともどるため、『山中静夫氏の尊厳死』は下書きから清書まですべて万年筆で原稿用紙に書いた。その万年筆は、昭和56年に文學界新人賞を受賞したとき深沢七郎さんからいただいたものだった。執筆にはすでにワープロを導入していたのだが、あくまでも手書きにこだわった。

 しかし、『山中静夫氏の尊厳死』は売れなかった。文庫になってもすぐに絶版。だから、この作品の映画化の話があっても、まあ、好きなようにしてください、といった態度で、脚本にも目を通さず、もう40年以上住んでいる佐久市でおこなわれたロケ現場に顔を出すこともなかった。

©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会

 東京での初号試写会の案内が来たとき、それでも懸命に創ったひとたちに原作者があいさつしないのは義理を欠きますよ、との、おなじ上州の山村生まれの妻にうながされ、上京した。義理を果たさぬ者は上州人ではないのだ。

 映画は原作に忠実に、生真面目に制作されており、患者さん役の中村梅雀さん、医師役の津田寛治さんらの熱演で、30年前にこの身が置かれた医療現場の過酷な現実に直面させられ、動悸、息切れを覚え、何度もため息をついて隣の妻を心配させた。ときおり挿入される信州佐久の浅間山や千曲川の風景と、最後に流れる小椋佳さんの新曲に助けられ、なんとか観終えることができた。

©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会

 映画はロケ地の佐久市で先行上映され、狭量な夫よりもはるかに人脈豊かな妻はいろんなひとたちと何度も観に行ったが、観るたびに新たな発見があるよい映画です、とのことだった。

 シニア割引で映画はよく観に行くが、平凡な生活者である妻の感想はけっこう信頼できる。『海街diary』で綾瀬はるかが妻のいる小児科医と別れるとき、海辺で手を振るアップのシーンに客席から思わず手を振り返してしまった夫よりもはるかに冷静に映画を観ている。

 臆病な原作者はあの時代にもどされるのが恐ろしく、結局、先行上映は観ないまま終わったので、初春に東京から始まる全国公開のどこかの映画館にふらっと寄ってみようかと思うだけは思っている。

©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会
 

「文藝春秋」2020年2月号掲載)


映画『山中静夫氏の尊厳死』

1月21日(金)より、イオンシネマシアタス調布他、全国のイオンシネマにて全国順次ロードショー 
配給:Fly Free Entertaiment/イオンエンターテイメント
公式サイト:https://songenshi-movie.com/

文藝春秋2020年2月号

文藝春秋

2020年1月10日 発売

文春文庫
山中静夫氏の尊厳死
南木佳士

定価:704円(税込)発売日:2004年02月10日

文春文庫
阿弥陀堂だより
南木佳士

定価:704円(税込)発売日:2002年08月02日

文春文庫
医学生
南木佳士

定価:682円(税込)発売日:1998年07月10日

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