旅籠を舞台に描く人々の悲喜こもごも
関ヶ原の戦いから十余年――。村木嵐さんの新作は、混乱のつづく江戸初期の旅籠「にべ屋」を舞台に、母・お蕗のはじめた旅籠を継いで10年になる34歳の智吉と、わけありの旅人たちとの交流から生まれる、悲喜こもごもを描く時代小説だ。
「旅籠を舞台に書いてみようと思ったのは、人々の距離感が良いからです。ゆっくり話したりもできるし、逆にまったく話さずともいい。主は、泊り客の事情に深入りしても、しなくてもいい――。そういう距離感を出したいと思いました」
物語のはじまりとなる一篇目の「にべ屋」の客は、尾張藩の間島太郎兵衛と名乗り、供侍を3人連れた一行。その一行を、古株女中のおとよは怪しく思う。なんでも、智吉のことをあれこれと聞いてきたのだという。そこで、智吉が太郎兵衛本人にそれとなく話をふると、彼は「人を探している」と切り出す。にべ屋のある万沢宿は甲府へと続く身延山道にあるため、武田の旧臣を探す武家が多くいた。
「武士として生きてきた人たちが、戦が終わり放りだされた時代です。世の中はようやく落ち着き出したけれど、彼らには背負っているものがありすぎる。その人生をどう立て直していくか、一歩ずつ生きていく物語を書きたかったんです」
にべ屋は先代のお蕗の時代から、尋ね人の話をきいては人探しを手伝うという評判が立っていた。そこで、なにか手伝えることはあるかと聞いた智吉に、太郎兵衛は驚くべき事情を打ち明ける。
彼は「徳川家康の九男、義直に仕える付家老の付家老で、その付家老の御落胤(ごらくいん)を探している」。さらに、「それは、智吉ではないのか」と言い出したのだ。まったくの人違いだという智吉に、太郎兵衛は、なりすましでもかまわないとまでいう。
「お蕗がどういう気持ちで旅籠を始めたのか、智吉の父はどういう人であったのか……それらを考えたときに、智吉は、両親の芯を受け継いだ人物だろうと思いました。そして、彼はいつか万沢宿一の旅籠にしたいという志を持っていて、旅籠をやることに誇りがある。旅籠の主は、いろんな職業の人に会います。いろんな人を受け入れる器量のある人物として描けたらと考えました」
さて、太郎兵衛の頼みに智吉はどう答えるのか、そして智吉の出生と、にべ屋の誕生に隠された秘密とは――。にべ屋と関わる人々の事情を、変わりゆく時代の流れとともに浮かび上がらせた味わい深い作品だ。
むらきらん 1967年京都府生れ。95年より司馬遼太郎家の家事手伝いとなり、後に司馬夫人・福田みどり氏の個人秘書を務める。2010年、『マルガリータ』で松本清張賞受賞。近著に『せきれいの詩』『夏の坂道』など。
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