
- 2022.02.16
- インタビュー・対談
祝! 現役復帰 。大迫傑に感じたロマンから生まれた、ノンストップ・サスペンス――『アキレウスの背中』
構成:第二文藝部編集部
長浦京さんインタビュー
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
長浦京さんの最新作『アキレウスの背中』のカバーを飾るのは、2021年夏の東京五輪マラソンで6位入賞を果たし、日本中を熱狂させたランナー大迫 傑選手だ。このほど、現役復帰を表明した。このカバー製作の舞台裏や、著者の持ち味である壮大なサスペンスと、マラソン界への刺激的な提言を融合させた新作について話を聞いた。
たった1度の五輪のために。
今作の主人公の一人である日本人マラソンランナーが走るのは、東京ワールド・チャンピオンズ・クラシック・レース(東京WCCR)。日本政府が初めて公認した、世界規模の公営ギャンブル対象のマラソンレースだ。
世界ランキング上位の招待選手らが、賞金総額300万ドル(3億4000万円)をかけて戦う。競馬や競輪と同じように、どの選手が1位、2位、3位に入るかを予想し、的中すると賞金が支払われる、というものだ。
「コロナ禍の東京オリンピックを見ていて、アスリートとは関係ないところでの巨額な費用や巨大な利権があるということが明白になったと思います。たった1度のオリンピック・パラリンピックのために、莫大な資本を投下する意味はあるのか、という議論もおきました。
スポーツの未来を考えると、少子化が進む中で、競技人口は減っていく、かつ五輪方式による限界も見えた。将来的に、魅力的なスポーツイベントを運営していくためにはどうしたらいいか。
私は、単独競技による開催で、公営ギャンブルの対象とするのもありだと思っています。ギャンブルというと、日本では印象が悪く聞こえるかもしれませんが、スポーツを支えるための投資、と考えることはできないでしょうか。選手にベットすることで自分が応援している感覚を得られて、勝てば配当というリターンもある。選手と観客が一体になれるシステムになりうると思うんです」
実際、欧州などでは、サッカーや競馬などを対象に、様々なスポーツイベントの結果を予想し、賭ける「スポーツベッティング」が存在する。アメリカでも一部の州で合法化が進んでいる。
小説内でも、サウジアラビアの王子がこう主張している。
――東京オリンピック・パラリンピックは当初の予算を超える約3兆円の出費を補塡するため、東京都民らの負担がある。建設した各会場の維持費に、今後、毎年十数億単位の税金が投入される。それはスポーツ行政や運営の失敗であり、今もスポーツ自体の魅力は損なわれてはない。投票券を買うのは、ギャンブルというより、その競技やアスリートたちへの支援であり応援である――と。
その舞台で、真のチャンピオンシップが行われるのだとしたら、多くの観客を惹きつけるのではないだろうか。
大迫傑 選手の魅力を主人公に重ねて。

「登場する日本人ランナーを描くにあたって、大迫傑さんの本を何度も読みました。驚いたのは、あれだけのトップ選手であっても、日々の練習において気持ちをニュートラルに保つことは難しいということでした。
日々のモチベーションの有無に左右されていては一流になれないという“人間味”と、目標から逆算して練習メニューを作り、それを徹底的に遂行する“常人離れした強さ”を感じました。
実際に大迫さんのレースを見ると、素直な気持ちで感動してしまう。走る姿にとてつもない魅力があるんです。そのことを脚色せずに描きました。先日、現役復帰を表明しましたが、あの美しい走りをまた見れると思うと、とても嬉しいですね」
ゲラを読んだデザイナーが、大迫傑選手の写真展などを開催しているフォトグラファー松本昇大さんに声をかけ、大迫選手も快諾して下さり、印象的なカバーが実現した。
タイトルの由来も興味深い。マラソンやトラック長距離のトップランナーの中には、「アキレウスの背中」を見た人がいる、という逸話がある。自分の前には誰も走っていないはずなのに、誰かの背中が見える。まるで導いてくれるように――。主人公のランナーは、未だ見ぬ、この存在を追い求め、マラソンレースに挑んでいる。
「何かを追求するときには、ロマンが必要だと思っています。夢を追うときにみる神話的なロマン、その象徴が『アキレウスの背中』なんです」
