- 2022.04.25
- コラム・エッセイ
「図書館の魔女」シリーズの高田大介が見つめる、フランスの原風景
WEB別冊文藝春秋
高田大介 〈異邦人の虫眼鏡〉Vol.3「川縁の風景」
出典 : #WEB別冊文藝春秋
「図書館の魔女」で一大ファンタジーブームを巻き起こした高田さん。
フランスに移り住んで15年。豊かな自然に向き合い、生きとし生けるものの営みに耳をすませる篤学の士の、採れたての日常をお届けします。
フランスの川縁の原風景と言えば、日本では三つぐらいのイメージに収斂するのではないか。セーヌとアヴィニョンとアルルである。
巴里の空の下、セーヌは流れる
第一のイメージはパリはセーヌ河畔の風景。「巴里の空の下、セーヌは流れる」というやつで、もはやフランスのイメージの紋切型そのものである。なるほどセーヌ河岸に蝟集する史跡名勝は枚挙に遑がないが、これについてはパリの風物に疎い私から講釈することはなにもない。
ところでラ・セーヌそのもの、紀元前はカエサルの『ガリア戦記』の冒頭から登場する古名セークヮナ川、その現状は如何にと言えば、私としてはわくわくするのは地下水道の入口・出口ぐらいのもので、川としては詰まらぬ水路の如きものに見え、これは失望だった。もっとも都市圏一千万人を抱えるパリを流れる川水そのものに美観を求めるのは不当な要望というものかもしれない。
アヴィニョン橋の上で踊るよ、踊るよ
第二のイメージは「アヴィニョン橋の上で」の風景である。15世紀に作曲されたといわれるフランス民謡で、日本でも教科書に採択されていたこともあり、ご存じの方も多かろう――石造りのアーチ橋の上で童話的な登場人物がダンスする。
アヴィニョン橋のモデルとされる実際のサン=ベネゼ橋はかつては城塞都市の一要衝をなした大規模な土木建築物で、舟形橋脚を二十二基つらね、石積みの迫持がそれぞれを結ぶ造りだった。ところが十五世紀にはもう崩落が始まっており、文献にも絵画にもだいたいぶつ切りの姿が残されるばかりで、今に至っては橋脚、アーチがそれぞれ四連しか残っていない。元来せいぜい馬車を通すほどの幅しかないこともあるし、崩壊が進んでいることもあるしで、ミシュラン・ガイドには「実際には上で輪になって踊るのは無理」などと無粋な特記があるそうで、この橋は残念ながら牧歌的、童話的な舞台としては不適で、どちらかと言えば滅びの美学の立像みたいな佇まいである。
では童話の挿絵などが無意識のうちに踏襲してきた、あのアヴィニョン橋の原像は単なる虚像だったのだろうか。あの歌も噓八百だったのだろうか。本当はご婦人も紳士も、庭師もお針子も通らなかったのだろうか。
こうした古式ゆかしい石造りの迫持橋はアヴィニョンのような南部の専売特許ではなく、実は地方各地に普通に残っており、それらがフランスの橋の童話的原風景をながらく支えてきたのだろう。例えば以前住んでいたリモージュ最古の橋はサン=テチエンヌ橋といって中世に遡る。これはリムザン地方を縦に貫く重要河川ヴィエンヌ川を跨いだ古跡だが、今も現役の橋で日々住民と犬が往来しており、床をなす石畳がまるくすり減って自転車で通る子供が「あわわわわ」と声を震わせている。
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