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オンラインゲームの中には、犯罪の温床たるアナーキー世界が広がっていた

オンラインゲームの中には、犯罪の温床たるアナーキー世界が広がっていた

WEB別冊文藝春秋

二宮敦人「サマーレスキュー ポリゴンを駆け抜けろ!」#002

出典 : #WEB別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

小学生のころ、大好きだったゲーム「ランドクラフト」。
中学生になったのだから、もうゲームなんて子供っぽいものはしたくない。
そう思っていたはずなのに……。


 ランドクラフトの面白さの一つは、その世界を好きなように作り替えられるところにあった。
 たとえば、穴を掘れる。地面をぐりぐりと押し込むと、ポンと土が消える。押しっぱなしにすれば、ポンポンとリズムよく掘っていける。隕石が衝突したような大穴だって作れるし、細く深く、マグマが噴き出るような地下まで貫くこともできる。根気よく削っていけば、山脈をまっ平らにすることも可能だ。
 その逆に大量の土を積み上げて、平原に山を作ることもできる。高さも低さも、険しさもなだらかさも、自由自在。形を工夫すれば、富士山そっくりの山だとか、巨大な立像だって建てられるのだ。

 非現実的なこの設定だが、ランドクラフトはたった一つのアイデアで子供にも馴染みやすいものにしてしまった。
 世界はブロックでできている、ということにしたのである。
 ランドクラフトでは、土も木も鉄も石もガラスも黒曜石も、何もかもが立方体のブロックとして表現される。山も、谷も、草原も、全てがブロックの集合体なのだ。
 幼い日の千香も、よく遊んでいたブロック玩具と同じだと気づいて、ますますこのゲームに夢中になった。
「『レゴ』みたいだね、くにちゃん」
「そうだよ千香ちゃん。何を作る?」
「ちか、おうち作りたい。大きなおうち。あの山の上に建てるの」
「よし、材料を取りに行こうか」

 祖父に教えてもらいながら、千香はキャラクターを動かして、地面を掘った。ポン、ポン、ポン。土のブロックがたくさん取れた。次は木に近づいて、やはり幹に向かって掘る。ポン、ポン、と木のブロックが取れた。
「そっか、ブロックが欲しかったら、取ってくればいいんだね」
 ただそれだけのことに、千香は感動した。レゴは、ブロックを使い切ったらそれ以上は作れない。新しく買ってもらうか、他のところを壊すか、どちらかを選ぶ他ない。でもランドクラフトでは、ブロックが尽きる心配はないのだ。いくらでも集められるのだから。

「こうやって、壁を作って、屋根を作って。ここが出入り口で……」
 千香は慎重に土ブロックを並べ、真っ四角な家を作る。うーん、少し離れて眺めてみたが、これだけじゃ何かつまらない。
「階段を作ろう」
 木のブロックを階段状に積む。その上を一段、一段と上ると、天井に頭がぶつかった。
「ここを空けたら、屋上に出られるね」
 さっき天井に並べた土ブロックを、ポンと取り外した。そのとたん、室内に優しい銀色の光が入り込んでくる。
「うわあ、いつの間にか夜になってたんだ」
 星空を、千香は我が家の屋上から眺めた。山の陰からこちらを照らしている月はとても大きくて、ゆっくりと動いているのがわかった。
 レゴでは、よほど大きなものを作らない限り、作った家に住むのは難しい。眺めて楽しむか、人形を置いて楽しむか、それくらいだ。しかしランドクラフトならそれができた。

「ここに、国を作りたいな。ちかの王国。大きなお城があって、プールがあるの」
「作れるよ。何だって作れる」
 何を作ろうか。どんな王国にしようか。それを考えると、千香はゲームをしていない時でも、わくわくが止まらなかった。
 やっぱり、「おともだち」のくにちゃんが教えてくれる玩具に、間違いはなかった。

 何度かインターホンを鳴らしたけれど、応答はおろか、室内で人が動く気配すらない。
「やっぱりだめかな」
 巧己は首を横に振ると、身を屈めて、廊下の床近くにある小さな扉を開いた。中にあったのはガスメーター。その裏側の見えにくいところに紐で何かがくくりつけられていた。
「こいつで開けよう」
 取り出した合鍵を鍵穴に差し込むと、かちゃっと音がした。
「よく知ってるね」
「たまに泊まり込みでゲームしてたから」
「ちょっと意外だったな、巧己と祥一がそんなにランドクラフトしてたなんて」
「そう?」
「だって、子供の遊びでしょ。あんなの」
「まあ、俺も最近までそう思ってたけど」
 語尾をあいまいに誤魔化して、巧己は扉を開いて中に入る。千香も後に続いた。

「おーい、祥一」
 中は薄暗かった。
 入ってすぐ右手にキッチン。左手にお風呂とトイレがあり、奥には部屋が二つ。片方が寝室で、もう片方が勉強部屋兼、居間のようだ。高校生の一人暮らしには、贅沢過ぎるほどの家である。
 千香が最後に祥一の家に招かれたのは、小学四年生の終わりくらいだったろうか。あの頃はまだ、祥一は両親と一戸建てに住んでいた。
 二人で手分けして電気をつけ、黒いカーテンを開けて回った。
「千香、そっちもいない?」
「うん。でも、変な感じ」
 ベッドのシーツはきちんと整えられているし、流しに洗い物も溜まっていない。服はたたまれ、お風呂やトイレはぴかぴか。モノトーンで統一された室内は、よく掃除されているようだった。

「事件が起きた、って様子は全くないけど」
「だな。するとやっぱり、手掛かりはあれしかないか」
 巧己の視線の先には、大きなデスクトップ型パソコンがあった。ディスプレイも外装もキーボードも、全て黒一色でそろえられている。
「どういうこと?」
「失踪する直前まで、祥一はここでランドクラフトをプレイしていたはずなんだ」
 巧己はおもむろに千香に向き直り、直立不動になって頭を下げた。
「頼む、千香。俺とランドクラフトをプレイしてくれ。そして、一緒に祥一を捜して欲しい。何度か試したけれど、俺一人じゃ無理なんだよ」
「え、嫌だよ」
 即答してしまった。
「どうしてさ」
「私はもう、ランドクラフトなんかしたくないもん。だいたい、こっちが聞きたいよ。祥一を捜すのに、どうしてゲームなの?」

 しかし、巧己は真剣な表情を崩さなかった。
「ふざけて言ってるわけじゃないんだ。俺と祥一が遊んでたランドクラフトは、普通じゃないんだよ」
「どういうこと」
 巧己は頷くと、千香に椅子を勧め、自分も腰を下ろした。
「親とかに言わないでくれよ。俺たちが遊んでいたワールドは、『スリー・トライアングル』って言うんだ。略して3Tスリーティー。聞いたことあるか」
 首を横に振る千香。「まあ、そうだよな」と巧己は呟く。
「このワールドは、ランドクラフトの極北。数あるマルチプレイワールドの中でも、最悪のワールドだ。3Tには、大事なルール……というか、原則が三つある。プレイヤーは誰でも、これに従ってプレイするしかない。日本語で言うなら、こうだ」
 巧己は指を三本立てて囁いた。
「無政府、無秩序、無法」

 

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