- 2022.05.10
- インタビュー・対談
松本清張賞作家の新作は、男たちの魂の闘いを描いた胸を熱くする中国歴史長編――「自分が勇気づけられた体験があって、英雄を描きたかったんです」
千葉ともこさん『戴天』刊行インタビュー#1
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#歴史・時代小説
2020年に『震雷の人』で松本清張賞を受賞した千葉ともこさんの、デビュー第2作となる『戴天』が刊行された。玄宗皇帝が治める中国・唐の時代を舞台にした圧巻の長編歴史小説だ。この作品に込めた想いを聞く。
唐と日本に共通する「バブルの崩壊」
新刊『戴天』はデビュー作『震雷の人』と同じ時代、同じ世界観のなかで展開される。主人公は違うが、姉妹編といっていい作品だ。
「わたしが過去の時代、しかも日本ではない外国を舞台として小説を書くのは、もともと歴史が好きというのがあります。それに加えていまの日本の政治や行政の基本は、じつは唐の時代から引き継がれている部分が多いのです。たとえば唐の律令官制の概念が、省庁の組織編成や役職名などに残っています。わたしは県庁に勤めていましたから、唐を遠いものと感じていなかったんですね」
舞台となるのは安史の乱。玄宗皇帝が楊貴妃に夢中になって政治を疎かにするなか、実権を握った楊国忠を良しとしない安禄山が挙兵し、内乱が起きる。
「玄宗皇帝の治世の前半は、唐は非常に安定して隆盛を極めていました。ところが安史の乱によって、ガクッと転落していきます。戦死、餓死を合わせてとんでもない死者数が出ました。ふり幅がすごく大きいのですが、わたしも子どもの頃に日本でバブルが崩壊しどんどん時代が変わっていくのを目にしています。自分が体感した日本と、この時代の唐の凋落は近いのではないかと思ったんです。そこで安史の乱とバブル崩壊後の日本社会を重ねて、現代に通ずるものを浮かび上がらせることができたらな、と考えました」
内憂外患と言っていい状況の唐で、監軍の隊長・崔子龍は絶対的権力者の非道を目にして憤り、抗おうとする。また、天童と謳われた若僧の真智は、義父の遺志を継いで皇帝を糺そうとしていた。そして安史の乱が始まり、ふたりの運命は交錯する――。
「この作品では英雄、ヒーローを描きたかったんです。もともと自分が実生活の中で勇気づけられた体験があって、その時の想いを書こうと考えました。そして勇気を書くにあたって具体的に何を描くか――それは英雄だろうと。
心がけたのは、自分にとって嘘のないものにしようということです。わたし自身が英雄と思う人、自分が勇気づけられた出来事を配置して、物語に落とし込んでいきました」
とはいえ、崔子龍は友の裏切りで身体に決定的な傷を負って人生が暗転し、失意のうちに従軍した。弱気になり無力感に苛まれ、完全無欠の強いヒーローではない。
「歴史を扱おうと思ったとき、まず勝者や支配者の視点で書き記されたものが目に入りました。でも、勝者の視点からは見えにくいものを書きたかったんです。なかには勝者の世界が生きづらい人もいるのではないか。そういう人物を、従来の小説のパターンと違う形で登場させたかった。
ですから今回の作品に登場する重要な男性はみな“男であって男でない”んです。身体を欠損して男として生きられなくなった崔子龍や宦官の辺令誠はもちろん、真智も仏門ですから『男』ではない。いわゆる男性、男らしくカッコいい、という切り口ではない描き方をしようと思いました。ステロイドを使ってでも筋肉をつけようとするのを、息苦しいと感じている人たちもいるでしょう」
それは、現代社会で普通に語られるようになったLGBTQを意識してのものなのか。
「それはまた別の視点だと思います。じつはこの作品の第1章にあたるものは5年くらい前、ジェンダーの問題や多様性を取り上げた本が今ほどは多くなかった頃に書いたものです。
この作品で描きたかったのは英雄。では英雄が立ち向かう相手は何かと考えたとき、それは巨悪であり、敵です。でもそれは、必ずしもある特定の人物ではないのではないかと思いました。というのも、わたしが20年勤めてきたなかでの実体験として、自分が恐怖を抱いた対象は個人ではなく“権威”にまつわる事だった。“権威”の一面としての“男性性”は意識していたのかもしれません。ただ、まず一番に抱いた恐怖は、権威に人は知らず知らずのうちに支配されているのではないか、ということです。
実際わたしも県庁で働いてきて、仕事が大好きで、それこそ泊まり込むようなこともしていました。ところがある時、自分の身近で、生身の同僚や部下の顔を見ずに組織=権威の意向に沿おうとしている人を見て、自分もいつか無意識のうちにそうなってしまうのではないかと思ったんです。それがとても恐ろしかった。『宦官』を遠い時代の外国に存在した、自分とは異質なものとして捉えるのではなく、企業や学校といった自分たちと同じ閉鎖的な群れのひとつとして取り上げたつもりです。その上で権威の恐ろしさについて、“男性性”という切り口からも描こうと考えました」
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