- 2022.05.10
- インタビュー・対談
松本清張賞作家の新作は、男たちの魂の闘いを描いた胸を熱くする中国歴史長編――「自分が勇気づけられた体験があって、英雄を描きたかったんです」
千葉ともこさん『戴天』刊行インタビュー#1
ジャンル :
#歴史・時代小説
従来とは違うタイプのキャラクターたち
権威の一面性としての男性性、いわゆるマチズモということだ。だがマッチョな人物をそのまま描くのではなく、あえてずらして宦官や仏門の徒――男であって男でない者たちを登場させたのが、この作品の肝だろう。
「マッチョな男性同士を自分が書こうとすると、力と力のぶつかり合いか滅びの美学という方向に話が向いてしまったんです。この作品に限っていうと、試みようとしたのはそれらとは真逆だったので、たくましくてパワフルで、という主人公にはしたくなかったです。
崔子龍の場合は、忌まわしい経緯から身体に傷を負ったので、まだ男らしさに囚われています。大事な人を守るためなら暴力も辞さないという感覚で、それは自分の身体に対するコンプレックスの表れです」
一方で真智は、僧侶ということもあってけして相手を傷つけようとはしない。
「僧侶は俗世から離れたところにいる――これは男性ではないというよりむしろ、人ではないという立場です。彼のことは“不羈(ふき)”の存在として描いたつもりですが、不羈とは物事に囚われない、束縛されないという意味です。真智は、人が人らしく扱われない世の中はおかしい、それを正したいと思っていますが、俗世だとヒエラルキーがあって偉い人に逆らえない。だから俗世から離れた立場に立って、この世を変えていこうとするのです。
また真智はお釈迦様の言葉である“独尊”を大事にします。仏教についてのわたしの解釈はまだまだ浅いとは思いますが、独尊とは、まずここに在るだけで自分は尊くて、だからあなたも大切だ、という教えなのかと捉えています。
わたしは就職氷河期世代で、自己犠牲や滅私奉公が美徳だと教えられて、実際に強いられてきた。これらはときに見ている人に感動を呼ぶものなのかもしれませんが、その結果、いったい何人の人生が潰されてきたのかという想いがある。
だから今回、英雄とはどんな人物かと考えたとき、自分を大切にできる人、そこがスタートだろうと思いました。それで、真智に独尊を語ってもらいました」
また崔子龍の宿敵で、権力の中枢に君臨する宦官の辺令誠も重要な人物だ。中国歴史小説のなかでは、宦官は佞臣であり国を亡ぼす原因というイメージがあるが、本作中の辺令誠は自身も重い過去を背負い、確固たる信念を持つ。
「辺令誠も力、権威というものに打ちのめされた経験があります。そういう点では崔子龍と似た者同士です。でも辺令誠の場合、最悪の事態が起きたのに誰もが『自分は悪くない』と主張する局面――それは崔子龍とは違った意味で彼が感じた恐怖です――を経験した結果、秩序にこだわり、責任を取るべき人間がきちんと責任を取る世界を作らねばと決意したんです。
また彼ら宦官のことを特殊な存在で、だから陰湿な性格なんだ、というふうにはしたくなかったですね。皇帝がいて、後宮があって、世話係としての宦官がいる。妃にしろ宦官にしろ、皇帝というひとりの男の生殖のためにモノのように扱われ、尊厳は完全に無視されています。現代社会にも同じように尊厳を無視されている人たちはいるので、そのことを描いておきたいという想いがありました」
この物語には、ヒロインとして杜夏娘も登場する。崔子龍と恋仲だったが運命がふたりを隔て、彼女もまた闘いに巻き込まれる。その闘い方は、男性たちとはまた違う。
「わたしが勤めていたときに感じた恐怖は、無自覚のうちに権威に支配されて個の意思が消えていくということだったので、杜夏娘はちゃんと人の話を聞く、人の顔を見る人物にしようと思いました。そして自分が大変な状況でも人を助けるために立ち止まれる人であり、自分で考えて行動ができる、芯が強い人。社会にとって都合のいい存在にはしたくなかったです。要は現代の日本人にしっくりくる、わたし自身が実際に目にして勇気づけられた、人として憧れる女性ですね(笑)」
唐の広大な地で起きた戦乱に身を投じる、小さき人びと。だが作中の人物たちはみな、たしかな存在感をもって読み手に迫る。
「この作品では勇気を書きたかったと言いましたが、そのきっかけは何かというと、デビュー作を読んでくださった方から『勇気をもらった』というお手紙をいただいたんです。それで自分のほうこそ勇気をもらって、なんとかそれを倍にして、読者にお返ししたいと思いました。どこまでできたのか分かりませんが、少しでも読者に届いていたら、嬉しいですね」
【#2につづく】
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