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45年連れ添った夫がガンで他界…最愛の人を失った73歳女性に作家・伊集院静が伝える“残された人の生き方”「必ず笑える日が来ます」

45年連れ添った夫がガンで他界…最愛の人を失った73歳女性に作家・伊集院静が伝える“残された人の生き方”「必ず笑える日が来ます」

伊集院 静

『大人への手順』より #3

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #随筆・エッセイ

“恋愛経験なし”の42歳男性が年下女性に恋をした…一歩を踏み出せない男性に作家・伊集院静が“贈る言葉”「それが男と女というものだ」 から続く

 作家・伊集院静氏が週刊文春で連載している“辛口”人生相談「悩むが花」。その名回答の数々は、ジャンル別にまとめられて『大人への手順』(文藝春秋)として書籍化された。

 ここでは同書から一部を抜粋し、伊集院氏の人生を刺激するような回答を紹介。28歳の女性会社員、35歳の男性会社員、73歳の女性が抱える家族の悩みに伊集院氏が贈った言葉とは——。(全4回の3回目/4回目に続く

伊集院静氏 ©文藝春秋

◆◆◆

実の父に「結婚式に参加してほしい」という28歳女性の願い

〈 今年の冬に結婚式を挙げることになりました。私が幼い頃に両親は離婚し、私は母に育てられました。母は、私が中学生の時に新しい父と再婚しました。そのため、今度の結婚式には母と新しい父が出席します。私は実の父にも結婚式に出席してもらい、私の花嫁姿を見て欲しいのですが、実の父は「新しいお父さんにもお母さんにも悪いから、それはできない」と言って、断わられました。実の父に感謝を伝えるいい方法はないでしょうか。(28歳・女・会社員)〉

 今年、28歳のお嬢さん。この冬、結婚して、式も挙げることになりましたか。

 それはお目出度う。良かったネ。

 さてお嬢さんの悩みですが、今の世間では、よくあることらしいですよ。

 私は、実のお父さんにも結婚式に出て欲しいと思うあなたの気持ちは大切なことだと思いますよ。そう考えるだけで、あなたは大切なものを失わないで生きて来たと言うことです。立派です。パチパチ。

 お母さんと、新しいお父さん、そして実のお父さんの3人でひとつの場所に立つ姿は、招待されたお客さんも、3人の当事者の人たちも居住まいがしっくり行かないかもしれませんが、結婚式って何だろう? とこれを機会によく考えてみることだ。あなたと、あなたが選んだ伴侶、そして伴侶の方の家族やあなたの家族が、どんな人柄なのだろうか、と皆にわかってもらい、その後も皆が出逢った時、「やあ」とか「もしかして赤チャンできたの? おめでとう。もし良かったら、前のお産で使ったベビーカーやらいろいろあるから家に訪ねて来てよ」とか、あなたが結婚することで新しい人々との輪をこしらえることができる、大切な宴なんだよ。結婚は当人たちだけがするんじゃなくて、旦那さんのご両親と話をしたり、家族に挨拶したりして、安心、安堵をもらったりできる、とてもイイ機会な訳だナ。

 さて実のお父さんのことですが、お父さんは宴の中心に居なくとも、遠くからでも、実の娘の幸福を見守りたいのが、正直な気持ちでしょう。“見守って欲しい”ということでは、あなたも同じでしょう。

 

 だから当日、少し時間をずらしてもイイからお父さんに来てもらって、別の場所で(廊下だって控え室だってイイんだよ)友達に2人の写真を撮ってもらえばどうだろう。本当は写真なんかより花嫁姿(ウェディングドレスでも)のあなたの隣りに一瞬でも立ちたいのが、お父さんの正直な気持ちだから。実のお父さんにそれを告げてあげたらどうだろう。

 当日、お父さんに少しの間でいいから気を遣ってあげないとね。

 他人でも、誰にでも、気を遣うことは、その人の人間としての価値だから。

 では成功を祈ります。オメデトウ。

©文藝春秋

20年以上音信不通だった姉との関係はどうすれば?

〈 高校を卒業後、家を飛び出して20年以上、音信不通だった姉から急に連絡がありました。私も両親も生きててよかった、これからは仲良くしようと遠くに住む姉とメールで連絡を取りはじめました。しかし数ヶ月後、姉から「もう連絡してこないでほしい」とメールがありました。姉の気持ちを尊重することにしたのですが、血を分けた肉親とこのまま没交渉になってしまうのも寂しい。先生ならどうされますか。(35歳・男・会社員)〉

 家を飛び出したまま20年も音信不通だったお姉さんから連絡があり、元気になさっていましたか。そりゃ良かった。

 ご両親はさぞ喜ばれたでしょうな。

 それで相談は何ですって?

 聞けば遠くに住んでいたお姉さんと、これまで数ヶ月メールでいろいろやりとりをしてたのが、突然、お姉さんから「もう連絡しないで欲しい」とメールが届きましたか。

 おそらくお姉さんの方にもさまざまな事情があるんでしょうな。

 でもあなたもご両親も一度お姉さんに逢って話したい、顔が見てみたいという気持ちがあるんですか。気持ちはよくわかります。

 しかし考えてみて下さい。お姉さんにはご両親やあなたにこれまで連絡が取れない何か事情があったから、20年という歳月になったんだと思いますよ。

 その、何か、がどういうものか、お姉さん以外はわからないのですから、それについてはそっとしておくべきでしょう。

 私の考えでは、家族、親と子供、兄弟、姉妹というものは、たしかに血は繋がってはいますが、1人の人格で歩き出せば、その関係において他人以上に意志が通い合わない人がいても当たり前だと思っています。それぞれの人の性格もあるでしょうし、育った時代、環境によって家族との関わり方、意志の通い合いは違って当然でしょう。

 私に言わせると、肉親だから、血が繋がっているからという理由で、仲が良く、気持ちが同じということはあり得ないし、それを当然と思う人の方が、相手に対して思いやりがないのではないかと。

 

 少し厳しいことを書きましたが、家を出てから音信不通の親、子供は日本だけで何千人といます。それでも皆が生きていてくれればそれでイイんじゃないでしょうか。

 さて最後に、一目顔を見たいというあなたとご両親の気持ちはお姉さんに伝えるべきでしょう。但しお姉さんのこれまでのことやこの先の話はすべきではないでしょう。何度も言うようですが、一人一人が独立した人格であることを認めなくてはいけません。

 これはいらぬことですが、全国で親御(おやご)さんと音信不通にしている皆さん、親は一日たりともあなたのことを考えない日はありません。元気でいることをあなたなりのやり方で伝えるべきだと、私は思います。あなたのためではなく親御さんのためですから。

©文藝春秋

45年連れ添った夫の死にどう向き合えばいいのか

〈 ガン告知から8カ月で主人が亡くなり、そろそろ2年が経ちます。主人は人間的に素晴らしい人で、45年の結婚生活にとても感謝しています。彼を失った後、私には夢も希望もなく、生活の喜びがまったくなくなってしまいました。命には限りがあり、いつか別れが来ることを頭では理解しているのですが、毎日、心にさざ波が立っています。この状態を脱して、前向きに生きていくにはどのように心を処せばいいでしょうか。(73歳・女・無職)〉

 それはご愁傷さまでした。

 今はさぞおつらいでしょうな。

 三回忌を迎えた頃が、実はもっとも切ない時期のように、私が見る限り、思えます。

 しかも45年、互いが助け合ってこられたのですから、ご主人の存在は奥さんの人生のすべてと言えるでしょう。アッと言う間の2年でしたでしょう。

 ありきたりですが、私はそういう立場の人にはこう話します。

「時間がやがて解決をしてくれるでしょう。時間は苦悩の最大のクスリです。今はそう思えずとも、やがてわかる時が来ます」

 さらに言わせてもらえれば、

「近しい人の死は、残された人のしあわせのためにある」と思います。

 だってそうでしょう。それほどいとしさをくれた人が、いとしい人が慟哭し、打ちひしがれている日々を知ったら、先に行った人の死が可哀相じゃありませんか。

 同時に知っておいて欲しいのは、奥さんと同じ立場で、同じ哀しみを抱いて生きている人が、実は多勢いることです。

 必ず笑える日が来ますから。

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