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「お母さんとケーキタイムしてもいい」職場の人間関係や残業に疲れる新社会人の23歳女性に作家・伊集院静が教えた“丁寧な働き方”とは

「お母さんとケーキタイムしてもいい」職場の人間関係や残業に疲れる新社会人の23歳女性に作家・伊集院静が教えた“丁寧な働き方”とは

伊集院 静

『大人への手順』より #4

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #随筆・エッセイ

45年連れ添った夫がガンで他界…最愛の人を失った73歳女性に作家・伊集院静が伝える“残された人の生き方”「必ず笑える日が来ます」 から続く

 作家・伊集院静氏が週刊文春で連載している“辛口”人生相談「悩むが花」。その名回答の数々は、ジャンル別にまとめられて『大人への手順』(文藝春秋)として書籍化された。

 ここでは同書から一部を抜粋し、伊集院氏の人生を刺激するような回答を紹介。23歳の女性販売員、21歳の就活生、63歳の男性会社員が抱える仕事や就活の悩みに対して、伊集院氏はどう答えるのか——。(全4回の4回目/3回目から続く

◆◆◆

働きはじめると、仕事というものは想像以上に厳しいもの

〈 社会人になり1年経ちます。あこがれの職種に就けて喜んでいましたが、今では職場での人間関係や残業に心身ともにぐったりです。退勤後においしい物でも食べようか、帰り道に母の好きなお菓子をお土産に買っていこう、などと些細な幸せを励みに出勤しています。それが無ければ仕事を続けられる自信がありません。オフタイムの解放感を励みに出勤するのは悪いことではありませんか。プライベートを切り捨て仕事に熱中することこそが働くことの極意なのでしょうか。(23歳・女・衣料品販売)〉

 23歳の販売員さん。実は、あなたが今お持ちの悩みは、新しく社会人になった人の半分以上の人たちが同じ経験をしているんです。

 何が同じか?

 実は、外から見ていたものと違って、実際に職場に立ち、働きはじめると、仕事というものは想像以上に厳しいものなのです。

伊集院静氏 ©文藝春秋

 最初の内は、心身ともに疲れ果てるのが当たり前なのです。その疲れ方、無理かもしれない、ダメかもしれない……と先輩たちは同じ思いをして来たんです。それが今は平気で働いているように見えるのは、半分以上が、仕事に慣れて来てからのことなんです。

 それでも苦しい時、辛い時は何かひとつでも、あなたの働きで喜ぶ人がいると思えることは悪いことではありません。お母さんへの買い物、2人してのケーキタイムでもいいのです。

 そしてプライベートを切り捨てても仕事に熱中することには限度があります。そんなことをしてはダメです。働くことに極意なんぞありません。誠実に、丁寧にむかうだけです。

 

 「好きなこと」を仕事にすべきかどうかの悩みに対して…

〈 来年の就職活動に向けて、入りたい会社を考えはじめたのですが、お酒が好きだから酒造メーカーにしようとか、鉄道が好きだから鉄道会社にしようとか、幼稚な考えしか浮かばない自分に呆れています。先輩からも「好きなことは仕事にしないほうがいい」と言われました。先生もそう思われますか。(21歳・男・大学生)〉

 21歳の大学生君。就職活動中ですか。

「好きなことを仕事にしない方がいい」と先輩に言われたのですか。

 その先輩がどういう意味で、そう言ったのかはわからないが、おそらく仕事というものが、好きだけではやり通せない、という考えからでしょう。その考えも一理ありますが、私の考えは違います。

 一生あなたが(転職してもいいのですが)する仕事であるなら、やはり、好きなものであった方がイイに決ってます。

 好きなら、やり甲斐も大きいものです。

 そうして逆に、好きで選んだ仕事なんだから、辛い、苦しい時も耐えられるはずです。

©文藝春秋

 ただ先輩の言うように、好きだけでやり通せないのが、仕事でもありますが、嫌いよりはずっとイイに決ってます。

 ただご自分の将来ですから、好き、嫌いだけで選択はできません。業種としての将来、企業としての明日など冷静に判断すべきでしょう。そちらの方が大切だネ。

 それでも私は、好きなことを選ぶのは間違っていないと信じてます。

 

伊集院氏が考える「生きるということ」とは?

〈 生来、のんびりボーッとすることができません。何もしていない時間が出来るともったいない気がしてしまいます。休日も朝早くから起きて、家の掃除や修繕、整理整頓をしていると、家族からのんびり寝ていられない、と煙たがられます。のんびりゴロゴロしてみようと思うのですが、つい体が動いてしまいます。会社を辞め、仕事がなくなったときの膨大な時間を考えると時間を持て余すのではないか、とちょっと心配になります。(63歳・男・会社員)〉

 何も心配することはありません。

 人間は本来、陽が昇る気配がする前に起き出す動物なのです。

 休日、あなたが早くに起きて、家の掃除や修繕、整理整頓をしようと動き出すのは当たり前のことです。

 休日くらいのんびり寝ていたいという家族の人たちも、これも当たり前のことです。

 その人たちはおそらく生活に疲れているのでしょう。それはそれで寝かしておきなさい。

 あなたはまだ63歳です。

 元気な盛りなんです。

 目覚めたら、すぐに何か行動することはきわめて正常なことです。

 のんびりできない性格とあなたはおっしゃいますが、のんびりなんてする必要はさらさらありません。

©文藝春秋

 現代人の生活の中での間違いは、自分たちの生活のリズムを皆が同じように考えてしまうところです。

 十人十色というように、人はそれぞれ持っているリズムがあります。

 目覚めて、すぐに何かをしようとするあなたのリズムは正常です。

 どんどん掃除も修繕もすべきです。

 私は作家になりたての頃、作家は夜は酒を飲み、人生の、小説の苦悩を思うのが作家と思っていた時期がありました。ですから徹夜で執筆もしていました。

 しかしそれはまったく間違いでした。私が手本にしたのは、農業に従事する人たちの行動でした。彼等は、陽が昇る前に起き出し、星光残る空模様を見て、今日の仕事はこうすべきだと決め、薄暗い畦道を歩き出すのです。作家も斯かくあるべきだと思いました。

 最後に、あなたは定年後、仕事がなくなり膨大な時間を与えられると考えていらっしゃるようですが、人間に膨大な時間など与えられるはずはないのです。定年も何もありません。人は働き続けるのです。行動し続けるのです。それが生きるということです。

 あなたの素晴らしい性分はまったく変える必要はありません。

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