- 2022.06.20
- 文春オンライン
「わたしはアンチ寄りのファン」「適当でチャラいおじさん」作家・柚木麻子が描き出す“菊池寛のイメージ”とは?
「週刊文春」編集部
著者は語る 『ついでにジェントルメン』(柚木麻子 著)
出典 : #文春オンライン
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
新人賞を受賞したものの、その後、一向に新作が雑誌に掲載されない新人作家の原嶋覚子(はらじまさめこ)。編集者に冷たくあしらわれ、意気消沈していた彼女に話しかけてきたのは、文藝春秋1階の「サロン」に鎮座する菊池寛の銅像だった!
自身初の独立短編集『ついでにジェントルメン』の冒頭を飾る「Come Come Kan!!」には著者の柚木麻子さん自身の経験が色濃く反映されている。
「私もオール讀物新人賞でデビューしたあと、新作を書き直しても書き直しても雑誌に掲載されなかったんです。『この賞はデビューするよりも本を出すほうが大変』って編集者に言われたんですけど、なに、そのひっかけ問題……って思いながら打ち合わせのために文藝春秋に通っていました。そんなとき、サロンに置かれている銅像と、ふと目が合ったんです。『このおじさんがオール讀物をつくったんだよな。よし勉強だ!』と菊池寛について調べてみたら、思っていたよりずっと適当でチャラいおじさんでした」
作中で銅像の菊池寛は「僕のことは寛って呼んでいいからさ!」と覚子に話しかけ、スマホを羨ましがり、近くで打ち合わせをしていた作家に話しかけて友達になれ、とけしかける。その姿はとても現代的で軽やかだが、「本当にこんな人だったんじゃないか」と思わせる。
「高松にある菊池寛記念館が凄く面白かったんです。彼はとにかく遊びを思いつく天才で、惜しみなくアイデアをシェアしていたから人気者だった。菊池寛が始めた文春文士劇では、赤塚不二夫や吉屋信子を舞台に立たせてるんですよ! 記念館に行かなかったら、ここまで彼に興味を持たなかったかもしれません」
その菊池寛のイメージは収録作「アパート一階はカフェー」でも共通している。男子禁制だった大塚女子アパートメントに作られた喫茶店になぜか菊池寛が出資していた、という史実をもとに書かれた作品だ。
「わたしは菊池寛のアンチ寄りのファンで、したことの全部が全部いいとは思わないんですけど、彼は当時のフェミニストたちにお金やらチャンスやらを与えて、そのあとは関わらなかったらしいんです。彼にとって女の人を助けることに大きな意味はなかったんだと感じて、そこはいいな、と思いました」
本書には他にも、老年の作家が自身のベストセラー作品の舞台となったホテルの変貌ぶりに困惑する「渚ホテルで会いましょう」や、会員制の高級鮨屋に乳児を抱いた女性が入ってくる「エルゴと不倫鮨」など、7編の短編が収録されている。現代社会にちょっと疲弊した女性たちの味方になってくれるような1冊だが、それぞれの作品に関連性がない独立短編集であることも、柚木さんにとって大きな意味があるという。
「『Come Come Kan!!』の覚子は、最後にデビュー作を連作短編にするのを諦めるけど、これは後退のように見えて、実は『自分にできないことが分かった』という凄く大きな一歩なんです。私も『連作短編にしませんか?』と言われたことが何度もあって、言われた通りに書いていましたが、ある時、自分には向いていないと感じた。それで今回はじめてドキドキしながら『独立短編集でいきませんか?』って言ったんです。考えてみたら、今までは自分の作品だという意識が薄くて、出版社の要望に沿ったものを仕上げようとしていた。だから、そう言えるようになったことは、わたしにとって大きな成長です」
ゆずきあさこ/1981年東京都生まれ。立教大学卒業後、2008年にオール讀物新人賞を受賞。10年に『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞、16年同作で高校生直木賞受賞。近著に『らんたん』など。
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