- 2022.09.09
- 書評
だからマコトは、年を取らない方がいい
文:天祢 涼 (ミステリー作家)
『獣たちのコロシアム 池袋ウエストゲートパークXVI』(石田 衣良)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
つまり本作で描かれる児童虐待は、今日的なテクノロジーによって“アップデート”されたものなのだ。テクノロジーの進化がもたらす負の側面と言えるだろう。
『あの子の殺人計画』を執筆するに当たって、児童虐待の被害者が自分の子どもに同じことを繰り返してしまう「虐待の連鎖」が少なくないことを知った。逆隊コロシアムにかかわった加害者たちの中にも、かつては被害者だった者がいるかもしれない。しかしテクノロジーに支配され虐待がエスカレートして、同情の余地のないケダモノへと堕ちてしまったのではないか──そんな想像をしてしまう。
一方で、逆隊コロシアムにマコトが迫る方法もまた、今日的なテクノロジーを活かしたものだ。テクノロジーを利用した者たちがテクノロジーに追い詰められる構図には、皮肉なものを感じる。
そしてこれが、筆者が「マコトは年を取らない方がいい」と思うようになった要因である。
インターネットが普及して以降、それに関連したガジェットやサービスが次々と誕生し、テクノロジーの進化が加速した。テクノロジーを使うのもトラブルを起こすのも人間である以上、マコトは今後、逆隊コロシアムのようにテクノロジーが絡んで“アップデート”された事件や社会問題の解決を依頼される機会が増えるはずだ。
これらに対応するには、《インターネットが当たり前にある環境で生まれ育った世代》の方が有利なのではないだろうか。
インターネットが普及する前と後では、我々の生活は大きく変わった。例えば「検索する」という行為は、インターネットの普及前後では別物と化している。
当然の帰結として、人格が形成される子ども時代にインターネットが存在していた者と、していなかった者の間では、脳や精神の構造に大きな違いが生じているはずだ。今日のテクノロジーの多くがインターネットに関連している以上、前者の方がそれらへの感度──抽象的な言い方になるが、理解力や判断力、応用力、瞬発力といったもの──が高いと見ていいだろう。
前述のように、インターネットには差別的・攻撃的な言動が横行している。ネット依存がもたらす弊害の研究も多々ある。しかし、もはやインターネットなしでの生活は考えられず、今後もそれに関連したテクノロジーが生み出されることは間違いない。
マコトもそう思ったから、自分の時間を(タカシやサル、おふくろたちの時間も)止め平成生まれとなり、インターネットが普及している環境で《育ち直した》のではないか。
この先も、テクノロジーに影響を与えるインターネット級のなにかが、またいつ誕生するかわからない。だからマコトは、やっぱり年を取ることをやめたままでいると思う。
いささか妄想が入っているが、マコトが“アップデート”されたトラブルを解決することで救われる人がいることは確か。だからいまの筆者は、もうマコトを「ずるい」と思っていない。この先も二〇代後半のままトラブルシューターとして活動を続けて、ゆくゆくは令和生まれになってほしい。
マコトがそのころまでトラブルを解決し続けてくれるなら、希望に充ち満ちた日本しか知らない世代も、きっと出てくるはずだから。
……美人の妹に関してだけは、やっぱり「ずるい」と思ってしまうのだが。
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