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在仏15年・高田大介さんが紐解く、住所表記と都市の関係

在仏15年・高田大介さんが紐解く、住所表記と都市の関係

高田 大介

〈異邦人の虫眼鏡〉Vol.5「すべての道に名前がある」

出典 : #WEB別冊文藝春秋

道の名から、街の歴史が見えてくる。

在仏15年のファンタジー作家・高田大介さんが、各国の住所表記の成り立ちを読み解き、都市の発達の軌跡をたどります。


道に名前のないところ

 アイルランドの、というか世界的なロックバンドのU2に「道に名前のないところ(Where The Streets Have No Name)」という名曲がある。曲の趣旨は「こんな閉塞へいそく的な場所から抜け出して、お前とふたり、道に名前のないところまで行こう」といったほどのところだが、前提として欧州ではおよそ人の住むところ、道にはふつう名前があるということを意味する。しかし「お前とふたり」連れ立って行く、その行き先が不毛の荒野などでなく東京だったらどうだろうか―「道に名前のないところ」には違いないけれども詩趣を損なうところ甚だしい。閉塞の度が深まりそうだ。
 もちろん東京にも名のある道というものはある。甲州こうしゅう街道とか日光にっこう街道といった幹線道路には近世以来の名前がついているが、それらは旧道の名を継承した現国道20号や国道4号(宇都宮から119号)の一種の通称であって住所の表現ではない。また神宮じんぐう通りとか、蔵前橋くらまえばし通りとか、もっとローカルな史跡に紐付けられた道の名も、道順の指定には用いられても住所の指定には使われない。名のある道は、ほぼ同義反復になってしまうが要するに「有名な道」なのであって、すべての道に名前があるわけではない―いや名前のある道こそ極めて少数派なのであって、大多数の道には名前がない。大通りを一本曲がれば無名の道である。
 道には名が必須と考える欧州人には無名の道は慮外りょがいなことと思われるだろう。しかしとくに京都や北海道を除けば、日本人の大多数は家が大通り沿いにあるのでもなければ、通常「道に名前のないところ」に住んでいるのである。

通り型と街区型

 まず洋の東西で住所の指定の仕方に違いがある。大別すると、道に名前をつける西洋の「通りストリート型」と、区画に町名をつけ丁目番地を振っていく日本の「街区ブロック型」の別である。今回の話題はフランスにおける「通り型」住所について、というところなのだが、まずは日本の住所の方から見ておこう。
 多く世界では道で場所を指定するのに対して、区画単位に名や番号を割りあてるのは、今日では管見の限り日本が唯一の例となった。日本同様の「街区型」を採用していた韓国は2014年の法改正によって「通り型」に移行したし、中国の「~街」や台湾の「~路・街・巷・弄」というのも、いずれも「とおめい」のことだそうだ。(今回の記事では「通り名」は「とおりな」ではなく「とおりめい」と読む)

住所表記の順序

 通り型と街区型の別に加えて「住所の表記順序」そのものにも大別があり、日本では郵便番号、都道府県名、市名、町名、丁目、番地、建物名、部屋番号と並べて、厳密に「大から小」の順序になる。政令指定都市なら区名が入るし、郡名や大字・小字がかかずらうこともあるが、大枠としての「大から小」は一貫している。なるほどウェブ上のインタラクティブ・マップでどこかに迫っていく時にも、まずは大範囲から中範囲、そして小範囲にと絞っていくのが好適ではないだろうか。天体観測だってまず小望遠鏡ファインダーで大範囲を捕まえてから主鏡筒を覗き込むものではないか。最終的にはピンポイントまで持っていくにしても、まずは何かを大まかに探っていくに際して、初めから有効数字の下の桁に注目することは無いのではないか。上の桁から見ていくというのが人情ではないだろうか。
 ところがこの「大から小」式の表記順序の採用国はごく少なく、日本、中国(香港を含む)、台湾、韓国、ハンガリー以外の例を寡聞にして知らない。

1)中国 123456(郵便番号) 中華人民共和国〇〇省〇〇町〇〇街〇〇路〇〇号 宛名
2)韓国 03722(郵便番号) 대한민국(国)서울특별시(特別市)서대문구(区)연세로(路)50 延世大学校言語研究教育院 귀중(御中)
3)ハンガリー Kodály Zoltán(宛名) Budapest(都市)Árpád fejedelem útja(通り)82(家番)fszt. 2(1階2号)1036(郵便番号)

 これとは反対に「小から大」の順序ならば厳密には「宛名、部屋番号、建物名、家番、通り名、郵便番号、自治体・都市名、国名」などと並ぶことになりそうだが、実際にこの並びに表記する国は調べてみると意外と少ない。英連邦諸国の多くとアイルランド、イスラエル、タイ、フィリピン、フランス、マレーシアなど。どこの国でも住所表記は近代的な郵便制度の成立とともに整備されたのだろうから、旧植民地が宗主国の制度に従っているのは理解できるところだ。シャーロック・ホームズなら、221B Baker Street, NW1, London, UKといった具合である。フランスでも同様なのでこれが世界標準かと勘違いしていたが、「宛名、家番、通り名、以下」と並べる厳密な「小から大」の順序の国は実は大勢を占めない。他の大多数(ドイツなど欧州全域ほか)は原則「小から大」だが「宛名、通り名、家番」と、ここのところだけ上位はんちゅうが先に来るのだ。
 ちなみにアメリカは大枠、イギリス、フランス同様だが、「宛名、家番、通り名、建物名(アパート番号・部屋番号)、以下」という具合に変なところで入れ違っているように見える。
 ところで日本を含む「大から小」派の「世界的例外」である数カ国がいずれも印欧語派に属さないのには、言語類型論的な理由がありそうだ。ハンガリーのマジャール語はフィン・ウゴル語派で非印欧語、周りを印欧諸語に囲まれた飛び地言語である。またヨーロッパの言語としては珍しい、主語配置の義務が弱く、主題トピックスを強調する話題卓越性言語の一つでもある。話題卓越性言語というのは、東アジア、東南アジアに多く分布する言語類型であり、日本語や韓国語や中国語もその一つ。

 

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