愛にとって過去とは何か?――累計30万部突破の読売文学賞受賞作『ある男』。芥川賞作家・平野啓一郎さんによるベストセラー小説が、『愚行録』『蜜蜂と遠雷』の石川慶監督により映画化されます。
弁護士の城戸(妻夫木聡)は、かつての依頼者である里枝(安藤サクラ)から、奇妙な相談を受ける。
里枝は離婚をした後、長男と共に故郷・宮崎に戻り、そこで出会った「大祐」(窪田正孝)と再婚。長女も生まれ、幸せな家庭を築いていたが、ある日突然、「大祐」が事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に、「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実が告げられる――。
「ある男」は、一体誰だったのか?
11月18日の映画公開に先立ち、東京で書店員の方たちを招いての試写会が行われました。上映後には平野啓一郎さん、本作プロデューサーの秋田周平さんのトークセッションを開催。書店員さんからの熱いご感想、鋭い質問、そして映画の意外な裏話も……!?
――最初に秋田プロデューサー、映画化をどのようにアプローチしたのか、経緯を教えていただけるでしょうか。
秋田 もともと平野先生の作品が大好きなので、『ある男』は書店に並んだ瞬間に、手に取りました。読んでみると、単純なミステリーではなく、奥に深いテーマがある。これを映画にしたら、エンタメというだけでなく、非常に良質な素晴らしいものになるのではないか、と思い、手を挙げました。
ただ、これは、なかなか簡単にいかない作品だぞ、とは思ったので、キャスト・スタッフのことも含めじっくりと考えて、ご提案させていただきました。
――平野さんは、映画化のお話があったとき、どのように思われましたか。
平野 嬉しかったですね。いくつかお話がきたなかで、松竹さんからいただいたものが、監督のこと・キャスティングのイメージなど、原作を一番いい形で映画にしてもらえるんじゃないか、と思いました。
長篇小説というのは、2時間の映画にするには、長いんです。特に僕の小説は重層的な作りになっているので、どこまでそれを作品として生かしてもらえるのか、在日に対する日本の差別とか、複雑なテーマを、どう削ぎ落しすぎないようにするのか……。
映画は2回観たのですが、1回目のときは、そういうことを気にしながら、ドキドキしていました。
――2回目にご覧になったときは、いかがでしたか。
平野 原作の流れをいったん解体して、映画的なロジックでどういう風に場面を繋いでいっているのか、ということがよりよく分かって、なるほどな、と非常に納得しました。あと、役者の皆さんがとても印象的な表情をしている場面がたくさんあって、演じる側だけでなく、監督さんもうまく引き出してたんだろうな、と。
そういういろいろな発見もあり、本当に素晴らしい作品にしてくださったな、と感動しました。
――ここで、皆さんから質問を募集したいと思います。
書店員さんA 素敵な作品を観させてもらい、ありがとうございます。今日は店からここまで、原作本を手に持ってやって来ました。御礼に、というわけではないですが、これから書店のみなさんは、電車に乗るときは、読まなくてもいいから(笑)、この本を持ちましょう。本も売れるし、映画もみんな観ると思います!
平野 いいですね。ぜひ、本のカバーを見せながら、電車のなかで読んでいただければと思います(笑)。
書店員さんB 私もときどき、いまとは違う人生をやってみたいなと思うことがあるのですが、平野先生はそういうことはないですか。
平野 小説の取材をするとき、地方の観光地じゃないところ、主人公が住んでいそうな寂れた住宅街とかに行くんですが、そういう場所を歩いていると、自分が自分でなくなるような気持ちになることはありますね。主人公になりきっている、というか。
夜は地元の店に飲みに行きますが、本当のことを言うのがちょっと面倒なときがあって……。バーテンダーさんに「お仕事は?」と聞かれて、「小説家です」じゃなくて、「出版関係です」と答えたり。「小説の“編集”をしています」と言うと、「作家さんとかわがままだから、大変でしょう」「そうなんですよ、ホントにもう」なんて、話を合わせています(笑)。
そういう経験が、作品のヒントになっているところはありますね。
海外のある著名な方で、街中で「〇〇さんですか」と声をかけられると、「Sometimes(時々)」と答えるそうなんです。僕もたまに声をかけられると、そう言ってみたいな、と思うんですが、日本語だとキザな感じもして、まだ言ったことはないです。
秋田 ちなみに、原作のなかで城戸が宮崎で行くバーがありますが、そこは平野先生が取材のときに実際に行かれた店です。映画のシナハンでも伺ったのですが、お店の方、平野さんがいらしたことは、気づいていませんでした。
平野 はい、匿名だったので(笑)。
書店員さんC 里枝の実の子供であり、「大祐」には義理の息子にあたる悠人、夫婦の間に生まれた娘・花。二人の子供が登場しますが、兄妹の設定にされたのはどうしてですか。
平野 実の父親より、血のつながらない父親のほうを好きである、という設定はずいぶん考えて、書きたいと思っていました。実際いろいろな形の家族がいるし、自分が幼い頃に父親を亡くした、という体験も関係しているかもしれません。そういう設定で書きやすかったのが、男の子のほうでした。
全体の物語の風景、しゃべっている人の声のトーンが一体となって作品世界が出来てくるんですが、楽器編成みたいに、どんな声が響いているといいのかな、と考えたときに、下の子は自然と“妹”になりました。
秋田 悠人役の坂元愛登くんは、オーディションで選ばれて、映画初出演です。原作では、もう少し強い、反抗期の悠人なんですが、監督が彼のピュアなところに惹かれて。母親役の安藤さんがうまくリードしてくれて、母子の非常にいいシーンが出来ました。
花役の小野井奈々ちゃんも、この映画のあと、CMやほかの作品に出演するようになり、いまや売れっこ子役です(笑)。
書店員さんD 小説を読んでいたので、どこの場面が映画に入っていて、どこが入っていないか、と想像しながら映画を観ました。小説に、城戸が家族で出かけたときに、レストランで妻の不倫を思わせるラインのメッセージを偶然見るシーンがありますが、そこが映画にもあったのは、少し意外でした。
平野 秋田さん、いかがですか。
秋田 そこは、脚本家や監督とずいぶん話し合いましたね。映画のラストで、城戸が、原作とは異なる行動をとりますが、そこに到る伏線のひとつとしてあのシーンは必要でした。
平野先生からは、このシーンはよく晴れた日に撮れると良いですね、と仰っていただいてたんですが、実際に、撮影の日はすごくいい天気でした。
平野 ここは小説でも、晴れた日の出来事として書いてます。それこそ梶井基次郎の『城のある風景』に出てくるような……。曇っていたり雨の日だと、その後の城戸の行動も変わってきたかもしれませんね。
ちなみに、城戸たちはスカイツリーで水族館を見たあとに、7階のレストランに行っていますが、僕も家族で行ったことがあります。他の店は並んでても、ここは割とすぐ入れることが多いので、子育て中の方たちにおススメです(笑)。
書店員さんE 当店はとても小さな書店で、出版社別ではなく、作家別に本を並べているのですが、平野先生はどんなふうに本を置いてほしいと思っていらっしゃいますか。
平野 なるべく目立つように、ですね(笑)。書店さんがそれぞれ工夫をして、本を並べてくれているのを見ると、とても嬉しい気持ちになります。
僕は著者別に本を並べるのは、賛成なんです。たとえばあるバンドのCDを買うとき、買おうと思っているものの前後にあるCDを、キャッチコピーを見て、一緒に買わなきゃ、という気持ちになったりする。そういう連続性のなかで、ファンになっていったりしたので、本も前後の作品と関連付けて読んでもらえるといいな、と、まあ、小説家としては思います。
コロナで大変な時期が続きましたけれど、本を読みたい、という人はたくさんいるので、ぜひ書店に足を運んでもらいたいですね。
平野&秋田 『ある男』、小説と映画、合わせてどうぞよろしくお願いいたします。
映画「ある男」
出演 | 妻夫木聡 安藤サクラ 窪田正孝 清野菜名 眞島秀和 小籔千豊 坂元愛登 山口美也子 きたろう カトウシンスケ 河合優実 でんでん 仲野太賀 真木よう子 柄本明 |
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監督・編集 | 石川慶 |
脚本 | 向井康介 |
音楽 | Cicada |
公式サイト | https://movies.shochiku.co.jp/a-man |
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