- 2022.11.16
- コラム・エッセイ
【ネタバレ有】全面改稿した「葬式ミステリー」であえて変えなかったものとは?
天祢 涼
『葬式組曲』(天祢 涼)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
※本編の内容に触れているので、ご注意ください。
『葬式組曲』は二〇一二年一月に原書房から上梓した、筆者にとって四冊目の小説である。第一三回本格ミステリ大賞の候補作になったほか、第一章にあたる「父の葬式」が第六六回日本推理作家協会賞短編部門の候補作になるなど、望外の評価をいただくことができた。
原書房には国内ミステリーの文庫レーベルがないため、二〇一五年一月、他社で文庫化してもらった。その際はほとんど話題にならず、いつかどこかで再文庫化したいとずっと願っていた。今回それが実現し、大変ありがたく思っている。
とはいえ、何分、一〇年以上前に書いた小説である。いまとは登場人物の造形やミステリーに対する考え方があまりに違うので、再文庫化にあたっては全面改稿することにした。本編でも若干におわせたとおり、新型コロナウイルスの流行によって葬儀を取り巻く環境が激変したことも、全面改稿に踏み切った理由の一つである。そのため原書房版からは、物語の根幹を成す設定を一つ削除している。興味がある人は、ぜひ読み較べてほしい。
ただし、最終章「葬儀屋の葬式」で明らかになる真犯人については変えなかったし、変えるつもりもなかった。
率直に打ち明ければ、いまの筆者ならこういう小説は書かない。最終章に至るまでに真犯人を好きになってくれたであろう読者の期待を裏切ることになるからだ。実際、原書房版の刊行時は賛否分かれた。大学のミステリー研究会が主催してくれた講演会で「『葬式組曲』のラストがやりすぎだと思った人は挙手してください」と呼びかけたところ、たくさんの手があがったことをいまもはっきり覚えている。
しかし、それこそが当時の自分の狙いであり、「感動できそうな話を四つ並べて、続編があるかもしれない雰囲気を漂わせ、最後に全部ひっくり返す」がそもそものコンセプトだった。それを変えてしまうことは当時の自分に申し訳ないし、なにより、これはこれでおもしろい。改稿に当たっては、このコンセプトがより際立つように伏線や設定を追加・調整したつもりだ。賛否分かれたとしても、読後なんの印象も残らない小説よりはずっといいし、満足のいくものが書けたと自負している。
最後に、お世話になった方々──紙幅の都合で一部の方のみ──に御礼を申し上げたい。
デビュー版元以外で一番最初に執筆依頼をくれた原書房の石毛力哉氏。「結婚式か葬式のミステリーを書いてください」と言われたときは両極端すぎる提案に面食らったが、おかげで『葬式組曲』を書くことができた。石毛氏がいなかったら、筆者はとっくに業界から消えていたことだろう。
再文庫化に尽力してくれた文藝春秋の荒俣勝利氏は、以前、『希望が死んだ夜に』という子どもの貧困をテーマにした小説も書かせてくれた。社会派ミステリーを書きたくても書けないでいる筆者の背中を、「作家は変わっていかなくてはならない」と押してもらい、恩人だと思っている。荒俣氏から引き継いで担当してくれた矢内浩祐氏、君島佳穂氏にも御礼申し上げたい。
三ページ前の謝辞にも名前をあげた葬儀社勤務のA氏。氏がいろいろ話を聞かせてくれなかったら、『葬式組曲』は完成しなかった。会うと酒を飲んでくだらない話ばかりしてしまうが、これからもそういう関係が続くことを願っている。
そして、本書を手に取ってくれた読者さんへ。一〇年以上前に上梓した小説を改稿して世に出せる機会はなかなかない。ひとえに、みなさんの応援のおかげである。この先もおもしろい小説を書いて、少しでも恩返ししたいと思っている。
二〇二二年五月末日 自宅にて
(「再文庫版のためのあとがき」より)
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