- 2020.08.07
- インタビュー・対談
夏休みの読書ガイドに! 2020年上半期の傑作ミステリーはこれだ! <編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2020年上半期の傑作をおすすめします。
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
司会 新型コロナでリモート勤務をしているうちに、気がつけば今年も半分が終わっていました。ふだんミステリーを担当している編集者が集まって、文春のイチオシ作品も織り交ぜつつ、2020年上半期の必読おすすめミステリーをふりかえっていく座談会です。参加者は、電子書籍編集部のAKさん、翻訳ミステリー担当部長のNさん、単行本担当のHさん、Tさん、雑誌担当のAさん。まず国内から見ていきましょう。
【国内編】
H 最近の若手作家のミステリーには、ある種の人工的な設定を作り、その中でまっすぐ思考実験をする傾向があると感じています。このトレンドは、今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』あたりから特に顕著だと思うんですが、今年の上半期で1冊挙げるなら、阿津川辰海さんの『透明人間は密室に潜む』(光文社)でしょう。「透明人間がどうすれば密室内で発見されずにやり過ごせるか」という、現実世界だったら1ミリも意味のない問いをものすごく真剣に考察していくところが面白い。表題作以外にも、法廷ものあり、リアル脱出ゲームものありと、バリエーション豊富な短編集で、発想が自由。「摩擦係数は考えないものとします」と断ってしまうテスト問題のような、短編ならではの潔さも私の好みでした。
N 私も阿津川さんは『紅蓮館の殺人』から好きで読んでいます。『紅蓮館の殺人』も『透明人間』も、奇妙な設定、奇想を前提にしつつ、ここぞというところの理詰めが非常に細かい。阿津川さんは最近、クリスティーの『雲をつかむ死』の文庫解説を書いているんだけど、そこでも猛烈な勢いで作中の伏線を列挙していて、ミステリー作家として細かな手がかりを詰めていくのが好きな方なんだろうなと感じました。
作中で変わった海外ミステリーに言及するのも特徴的ですよね。『透明人間』のあとがきにはジャック・フットレルの「十三号独房の問題」の話が出てきますけれど、必ずしもストレートな本格ミステリーだけではない。表題作のインスピレーション源に徹夜本として名高い『透明人間の告白』に触れているし、『紅蓮館』ではジョン・ビンガムの『第三の皮膚』という変なサスペンスを引用していてビックリしました。変わったものをたくさん読んできていることがバックボーンとしてあり、そこに現代の緻密な本格ミステリのエッセンスが絶妙のあんばいで組み合わさって、阿津川さんの個性が醸し出されているんじゃないでしょうか。
A 有栖川有栖さんが「推理研VSパズル研」(オール讀物2020年7月号)で、ミステリーというものの醍醐味についてパズルとの対比で書かれてましたけれども、謎に解きがいがあるとか、解法がロジカルであるということだけでなく、ミステリーには謎解きの道行き自体を楽しんだり、そのレトリックを味わったりする楽しみ方もあると。阿津川さんの作品には、この道行きの楽しさがあると思いますね。