暮らしの中から物語のアイデアを
2020年秋、「をりをり よみ耽(ふけ)り」で第100回オール讀物新人賞を受賞した高瀬乃一さん。2年の月日をかけ、満を持して単行本デビュー作『貸本屋おせん』が刊行される。
受賞作の舞台は、文化年間の江戸・浅草。幼くして天涯孤独の身になり、女手ひとつで貸本屋を営む〈おせん〉の奮闘を描く中編だった。
「受賞の連絡の後、すぐ『シリーズにしましょう』と提案されました。登場人物や舞台設定は変わらないので、ゼロから考えるよりも書き進めるハードルは低かったかな。ただ、知識も題材もストックがなく、あわてて資料を買い集めるのにお給料をつぎ込んで、生活が少し苦しくなりました(笑)」
受賞後の第一作となる「板木(はんぎ)どろぼう」の一稿は、受賞決定からわずかひと月、10月末に書きあげた。
「応募原稿は気楽に書いて『エイッ』と送るだけでしたが、今度はプロの編集さんに読まれる。その先には『オール』のベテラン読者がいる。そう思うだけで緊張して、“間違いを書いちゃいけない”と、少し書いては資料を読んで勉強する毎日が続きました。
第一稿を送った時、最初、編集さんは『面白いですね』なんて感想を言ってくれたのに、少しして滅茶苦茶エンピツの入った原稿が戻ってきて、ビックリしました(笑)。『冒頭が説明的』とか『言葉遣いが現代的』とか、納得できる指摘は頑張って直すんですけど、『このシーンまるごと不要』とまで言われると、私にも反発心があるじゃないですか。『言われた通りには直すもんか』と思ってまた頑張る、そういうやりとりが3~4か月続いて、『板木どろぼう』が掲載されたのは、翌年の6月号でしたね」
物語のアイデアは、ふだんの生活の中から見つけることが多いという。
「農家でのアルバイト経験を活かして、青物売りの青年に“穴の開いたごぼう”の話をさせたり、今時の子はマスク姿が普通で素顔を人に見せたくない、写真もアプリで元の顔がわからないくらい加工する、という会話を娘としている時に『幽霊さわぎ』(オール讀物2021年11月号掲載)のアイデアを思いついたり」
単行本には、おせんが活躍する全5話を収録。曲亭馬琴や式亭三馬らの読本から、人気役者の錦絵まで、江戸の出版文化を縦横に堪能できる“ビブリオ人情捕物帖”が誕生した。
「家では奥さんであり母親でもあるので、これからも日常の暮らしを大事にしながら、書き続けていきたいです」
たかせのいち 1973年愛知県生まれ。名古屋女子大学短期大学卒業。青森県在住。2020年「をりをり よみ耽(ふけ)り」で第100回オール讀物新人賞を受賞。その後、「オール讀物」「小説新潮」などで短編を発表、22年オール讀物新人賞受賞作を収めた『貸本屋おせん』で単行本デビュー。
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