縄田一男の収穫10冊
幸村を討て(今村翔吾/中央公論新社)
黛家の兄弟(砂原浩太朗/講談社)
咲かせて三升の團十郎(仁志耕一郎/新潮社)
吾妻おもかげ(梶よう子/KADOKAWA)
真・慶安太平記(真保裕一/講談社)
孤剣の涯て(木下昌輝/文藝春秋)
小さい予言者 浮穴みみ 双葉社
北斗の邦へ翔べ(谷津矢車/角川春樹事務所)
はぐれ鴉(赤神諒/集英社)
高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門(吉川永青/中央公論新社)
※文章登場順
気鋭、ベテラン共に活況。伝説の傑作もついに!
『幸村を討て』は池波正太郎『真田太平記』を読み、時代作家を志した作者の先達へのリスペクトから挑戦へと転じる快作。複数の登場人物によって多面体の幸村像が提示され、各々が戦さの切所で「幸村を討て」と叫ぶのが趣向である。家康が幸村の正体に迫っていくミステリとしての面白さもあり、気鋭の作品はこうあらねばならぬという傑作である。
『黛家の兄弟』は筆頭家老を務める黛家の三男を軸に十三年にわたる黛家三兄弟の矜持、絆、生死が綴られていく。時の流れの中で変わっていくもの、変わってはいけないものが美しい四季折々の自然の中に描かれている。作者は封建時代の奴隷である侍たちの中にあたたかな人間性回復の回路を注ぎ込んでおり、その美しき人の心映えにいつしか涙する一巻である。
『咲かせて三升(みます)の團十郎』と『吾妻おもかげ』は本年度芸道ものの二大傑作。前者の主人公は“歌舞伎十八番”を選定した七代目團十郎のこと。物語のラストで團十郎こと海老蔵が、大根と言われた息・権十郎に歌舞伎の真髄を伝授する箇所は実に感動的だ。役者の持つ不逞の心、さらには〈粋〉と〈意気〉を巧みに描いた会心作といえる。一方後者は浮世絵の祖・菱川師宣(ひしかわもろのぶ)が主人公。小説には必ず影の主人公がいるが、本書でそれは遊女さくらである。さくらは江戸大火の折、師宣が彼女のために誂えた小袖を取りに行き帰らぬ人となる。様々な挫折と再生を繰り返す中、師宣に初心と矜持を取り戻させたのはどこからか聞こえてくるさくらの彼を呼ぶ声だ。ここからラストまではまさに号泣必至である。
『真・慶安太平記』は、主人公・保科正之が、兄・駿河大納言忠長から「人の欲がある限り、戦世は終わりを見ない」と言われる。これが戦禍無き世の戦作法ともいうべきものにつながり、太平時にどう平和を守るかという本書のテーマを浮かび上がらせる。その太平の世を揺るがす慶安の変――正雪の正体についても工夫が凝らされており、結末の活劇的場面は手に汗握る面白さだ。
『孤剣の涯て』は万華鏡の如く変化する。まず、剣豪小説風の趣きをもって宮本武蔵が最後の弟子に己れの剣を託そうとするところから始まる。が、この弟子は何者かによって惨死を遂げ、武蔵は徳川家康を呪詛する者を捕えるべく大坂城へ。作品は伝奇小説へと広がり、徳川を狙う八十年の呪いに対し家康が放つ太平の世をつくるための呪いとは何か。ラストに至り、作品は壮大なスケールをもった戦争と平和の物語へと転じていく。見事。
『小さい予言者』は北海道の近・現代史を描く三部作の完結篇。表題作は太平洋戦争末期に材を取り、宮沢賢治の某有名作品から抜け出てきたような少年を狂言回しに、戦争に翻弄された炭鉱の末路を描いている。収録作はみな良く出来ているが、どんな状況でも希望を忘れず、日々の堅実な労働を怠らなかった人々の姿は深く心に残る。
『北斗の邦へ翔べ』は司馬遼太郎『燃えよ剣』以来、最も威容を誇る箱館戦争を描いた傑作。土方歳三をはじめ、松前家中の少年春山伸輔ら多彩な人物が躍動する群像劇である。箱館戦争を「居場所のない者たちの集う陣取り合戦」と一言で凝縮してみせた作者の腕は冴え渡り、全篇を貫く“高田屋嘉兵衛伝説”も面白い。嘉兵衛を大明神と仰ぐ権力非介入の地で行なわれる、この地の住人と土方隊の血戦は読んでいて思わず力が入る。
『はぐれ鴉』は豊後国竹田藩で城代ら一族郎党が皆殺しにされる事件が起こる。ただ一人生き延びた次郎丸は、十四年後、山川才次郎と名乗り、藩の剣術指南役として故郷に赴く。その目的は下手人への復讐だが、才次郎はあろうことか、敵の娘に心惹かれていく。次第に藩の抱える途方もない秘密が明らかになってくるが、これらを巡る人間関係の妙や、ラストのラストで迫り来る感動は予想だにし得ないものに違いない。
『高く翔べ 快商・紀伊國屋文左衛門』は、映画や講談で強調されている蜜柑船のくだりは一エピソードとして片付け、そのかわりに文左衛門を人を慈しむ快男児として登場させた好著。文左衛門は常に世の中を動かす仕事、それが出来ないならせめて世を作る仕事をしたいと考えている。彼がこうした信念を持つに至ったのはひとつの悔いも残さず生きようと決心したためであり、その背景には若くして自死した許婚の姿があった。文左衛門を主人公とした作品は『黄金の海へ』(津本陽)以来である。
最後に別格として挙げておきたいのは、オンデマンドの捕物出版から刊行された五味康祐『柳生石舟齋』全四巻である。週刊誌連載完結以来、『柳生武芸帳』と並ぶ傑作と評されながら一度として刊行された事の無かった大作がついに陽の目をみたのである。これは、戦後日本の出版史の空白を埋める快挙であり全時代小説ファンの望みが叶ったと言えよう。
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