世間のしがらみ、正義、粋、そして老い――令和の時代に、ますます輝きを放つ作品の魅力を練達の“池波チルドレン”が語り尽くした!
生島淳(司会・構成)/今村翔吾/真山仁
ルパンと雲霧仁左衛門
生島 今日は池波正太郎好きの三人が集まったということで、まずはお互い、「池波遍歴」を披露しましょうか。
今村 僕は小学校五年の時に『真田太平記』(新潮文庫)を読んだのが池波先生との最初の出会いでした。関西人って、秀吉や真田が好きなんですよ。僕らが子供の頃、大阪ではまだ、「太閤さんが……」みたいな言葉が会話の中に生きていて、それでもって、徳川は大嫌い。今ではその風潮は薄らいでしまいましたけど、みんな豊臣家を助けた真田を贔屓(ひいき)してました。
生島 小五で新潮文庫の全十二巻、一気に行ったんですか?
今村 そうです。いろいろと初めてづくしだったんですが、学校の課題図書以外で読んだ最初の本であり、自分の意志で買って読んでみたいと思った最初の本でもある。奈良の古本屋で母に全巻買ってもらって、夏休みに読破したんです。最後まで読み切ったことで、読書の自信がついたのもよかった。
生島 若い頃の読書の自信って、大きいですよね。
今村 そこからはもう、池波先生の作品を一気に読み漁った感じでした。
生島 真山さんは、どんな出会いをしたんですか。
真山 最初はテレビドラマですね。高校時代に天知茂さん主演の『雲霧仁左衛門』を観てたんですが、実は、池波さんの小説を本格的に読み始めたのは、五年ほど前からなんです。
生島 それは意外ですね。
真山 私の普段の読書は九五パーセントが海外のミステリ小説という偏ったものなんですが、事務所に池波さんをたいへん尊敬しているスタッフがいて、「いい加減、日本人になってください」と(笑)。『剣客商売』(新潮文庫)を勧められましたが、ドラマの思い出があったので、小説も『雲霧仁左衛門』(新潮文庫)から読み始めました。
生島 いかがでしたか?
真山 一読、雲霧仁左衛門と、ルパンが重なりましたね。私が物心ついて初めて夢中になって読んだ本は、モーリス・ルブランの『怪盗ルパン』シリーズでした。幼な心にルパンの何が響いたかというと、世の中には悪いことをしているのに法律では裁けない人間が存在する。そういう人たちに対して、ルパンは法を犯してでも彼なりの正義を貫き、しかも自分は懐を肥やさない。そこがとても魅力的なのですが、同じような姿勢を雲霧仁左衛門にも感じたんですよ。
生島 それは真山さんの小説の主人公にも通底するものがありますね。
真山 かつてルパンに傾倒したくらいですから、私にとって正義イコール法律の正義ではありません。そして、たいへんおこがましいけれども、池波作品に貫かれている正義にも、自分の考え方とよく似ているなと思える部分があって、これまで「食わず嫌い」だったなと気づきました。
生島 僕の場合、本格的に読んだのは歌舞伎を見始めたのがきっかけです。前の歌舞伎座が改築するタイミングで歌舞伎にハマり、歌舞伎本を渉猟していたら『又五郎の春秋』(中公文庫)という本に出会ったんです。これは池波さんには珍しいノンフィクションで、主人公は先代の二代目中村又五郎。彼の描写が粋(いき)で、一九五〇年代に京都・寺町の古本屋で、黒いソフト帽をかぶり、ダークなコートを羽織っている又五郎を池波さんが目撃する。その佇(たたず)まいは京大の歴史か国文学の教授のような趣(おもむき)だったと。ところが大学教授にしては、「灰汁(あく)が抜けていすぎる……」と書いてあるんです。池波作品にはおなじみの、この三点リーダーがたまらない。
今村 また、マニアックなところに注目しますね(笑)。
生島 そしたら『剣客商売』の秋山小兵衛のモデルがこの又五郎だと明示されているんです。これは読むしかないと思って、読み始めたら止まらなくなりましたよ。なんか、小兵衛っていいんですよね。剣の達人なのに、助平だし(笑)。
三大シリーズの「正義」
生島 読者のみなさんがいちばん親しんでいるのは、文藝春秋の『鬼平犯科帳』、新潮社の『剣客商売』、講談社の『仕掛人・藤枝梅安』の三大シリーズだと思いますが、池波さんの持つ世界観がシリーズによって微妙に違っている。そのあたりをどう読んでいますか。
真山 先ほども言いましたけど、池波さんには独自の正義の定義がある。それは、小学校を出てからずっと働いて、市井の中にある正義と、西洋から輸入した、取って付けたような法制度で定められた正義にズレがあることを、肌身で感じていたからではないかと思うんです。池波さんはその矛盾を小説で解決しようとなさっていて、主人公はそれぞれ法では裁けない悪に直面し、葛藤を抱え、そこから物語が動いていく。三つのシリーズを比べると、『鬼平』の正義感はひじょうに明快で分かりやすくて、私は、池波さんご自身が持っている正義の感覚とは少し違う気がしています。長谷川平蔵は官僚だから仕方がないけど。
今村 鬼平の正義がゆるがない分、道を踏み外した犯罪者の側に心情を寄せていくところがあり、そこがシリーズの魅力でもありますよね。また、鬼平に隙がない反面、部下の火付盗賊改方の面々はツッコミどころ満載で(笑)。「うさぎ」こと同心の木村忠吾なんて、最初はダメダメですけど、物語の中でものすごい成長曲線を描いていきます。
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