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時代小説、これが2022年の収穫だ! Part3 大矢博子・選

時代小説、これが2022年の収穫だ! Part3 大矢博子・選

文:大矢 博子

当代きっての目利きが選んだ、絶対読むべき2022年のベスト10

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

大矢博子の収穫10冊

あるじなしとて(天津佳之/PHP研究所)
揺籃の都 平家物語推理抄(羽生飛鳥/東京創元社)
女人入眼(永井紗耶子/中央公論新社)
幸村を討て(今村翔吾/中央公論新社)
はぐれ鴉(赤神諒/集英社)
黛家の兄弟(砂原浩太朗/講談社)
底惚れ(青山文平/徳間書店)
広重ぶるう(梶よう子/新潮社)
北斗の邦へ翔べ(谷津矢車/角川春樹事務所)
維新の終曲(岡田秀文 双葉社)
※文章登場順

平安、鎌倉、戦国、江戸……バラエティ豊かな舞台が揃う

おおや・ひろこ
1964年、大分県生まれ。書評家、ライター。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』、『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』などがある。小説雑誌で連載を持つほか、CBCラジオにブックナビゲーターとして出演中。読書会の主催や翻訳ミステリの講座、大学での書評ワークショップなど、名古屋を拠点に活動している。2020年4月より朝日新聞書評委員。

 印象に残った十冊を挙げてみたら古代から近代までいい具合に網羅できていたので、時系列で紹介していく。

 まずは平安時代。天津佳之『あるじなしとて』の主人公は菅原道真だ。道真の話といえば学問・太宰府・怨霊のどれかと相場は決まっているが、本書が珍しいのは道真が讃岐の国司を務めていた時代を描いていること。

 順調に出世していたところに突然の地方赴任。初めての讃岐は価値観も風習も文化も京とは大違いで、戸惑ったり怒ったりの繰り返しだ。しかしそこで道真は初めて、京の貴族たちの生活を支えているのはこういった「現場」の人たちなのだと気づく。政治とは何なのか、自分が彼らのために何ができるのかと悩み、選択した道は胸を打つこと請け合いだ。

 平安時代末期からは羽生飛鳥『揺籃(ようらん)の都 平家物語推理抄』を。平清盛の館でバラバラ殺人や密室からの人間消失事件などが起きたとする本格ミステリにして平安〈館〉ミステリである。この時代ならではの考え方や風習などが謎解きにかかわってくるあたりが実に上手い。平頼盛という平家の異端児を探偵に据えることで源平の世を俯瞰できるのも特徴。

 大河ドラマで注目の鎌倉時代からは、永井紗耶子『女人入眼』を推す。婚約者の木曽義高が父・源頼朝の命で殺されたことで心を病み、二十歳で病死した大姫の物語だ。確かに美談ではあるが、七つかそこらの少女が初恋をそこまで引きずるか? という疑問に鮮やかな新解釈を提示してくれた。現代にも通じる親子関係の歪みを軸にしているのが印象的。

 戦国時代を描いたものとしては今村翔吾『幸村を討て』が出色の出来だった。徳川家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、そして毛利勝永の六人の目から大坂の陣を描いた連作だが、各編の巧妙に仕込まれた伏線がひとつにつながり、〈真田の謎〉が明らかになったのにはもう大興奮! わかっている史実の隙間をケレン味たっぷりに、かつアクロバティックに埋めてくる今村翔吾の真骨頂と言っていい。

 ここからは江戸時代の小説を四作連続で紹介する。中でもイチオシは赤神諒の『はぐれ鴉』だ。江戸時代初期の豊後、竹田藩を舞台に、仇討ちとロマンスと武士の仕事と竹田の紀行と忍びの活躍とプロジェクトX的大普請と、魅力てんこ盛りの時代小説。だがそれを楽しんでいると背負い投げを喰らう。竹田藩の秘密が明らかになったとき、そこにつながるのかと呆然とした。時代ミステリとしても、豊後の歴史小説としても一流だ。

 武家物からもう一冊、砂原浩太朗『黛家の兄弟』を。藩の筆頭家老を務める黛家。三男の新三郎の婿入りが決まったタイミングで黛家の将来を揺るがす大事件が起きる。さあここからどうなる─というところで一気に十三年後に飛んだから驚いた。しかも予想だにしなかった未来がそこに描かれる。いったい十三年の間に何があったのか、という話。人生の選択を描いた心に染みる成長物語だ。

 語りで読ませるのが青山文平の『底惚れ』。恩人の女を探し出し、その恩に報いようとする男の物語だ。ごろつきだった男が観音様と思い定めた女に報いるため、自分でも気付かぬうちに少しずつ変わっていく。一度は死を覚悟した男の再生もさることながら、何より、ノワールにしてハードボイルドな語り口調がめちゃくちゃカッコイイのである。痺れるのである。いやあ、この文章の調べを味わうだけでも読む価値があるぞ。

 実在の人物を題材にしたのが梶よう子『広重ぶるう』。東海道五十三次で知られる歌川広重の物語である。人物画全盛の中でなぜ広重は風景画にこだわったのか。広重が火消しだったという史実とリンクさせながら、絵師はなぜ絵を描くのか、というテーマに迫っていく。梶よう子には絵師を題材にした作品が多いが、その中でも本書は秀逸な出来だ。

 さて、近代に行こう。幕末~明治初期を描いた小説を二編取り上げる。

 谷津矢車『北斗の邦へ翔べ』は、春山伸輔という架空の人物と土方歳三の二人を中心に箱館戦争を描いた歴史小説だ。土方歳三も箱館戦争もさんざん描き尽くされているモチーフなのに、「こんな手があったか」と読者を驚かすのが谷津矢車。榎本武揚の目論見と土方歳三の夢の行く先を通し、箱館戦争とは何だったのかを考えさせてくれる。

 最後は岡田秀文『維新の終曲』を。奇兵隊士を経て新政府の下級役人になった貧農の息子と、箱館戦争まで戦い抜いた幕臣の人生が絡まり合う。骨太な歴史小説であるとともに、実際の出来事を巧妙に取り入れながら終盤に待ち受けるミステリの展開には唸った。

 なお、話が昭和に入ったのではずしたが、浮穴みみの北海道開拓三部作が『小さい予言者』で完結。これは必読!


(「オール讀物」12月号より)

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